「…….スコッチ。オールクリア、帰る」
「おう」


短い通信を切って、一度振り返る。
たった今さっき事切れた醜い男と目が合う。おもわず舌打ちが落ちる。
今日のミッションは簡単だった。ターゲットに接触するのは私、狙撃はスコッチ。大きなトラブルはなく、スコッチの狙撃は完璧。ただ最後の最後に、どこに隠れていたのか予定外の用心棒らしき男が躍り出た。早撃ちは苦手だけど、わたしの放った弾はきちんと急所を捕らえた。でも相手の弾が掠ってしまい、左腕からは血が流れていた。

掠っただけで貫通はしていない。皮膚が少し裂けただけ。残党はいない。はやく帰ろう。
スカーフで腕を縛り、闇に紛れた。











「おかえりー」
「…ただいま」
「遅かったな?」
「んー」


セーフハウスに着くと、狙撃ポイントから戻っていたスコッチが出迎えてくれた。

ターゲットから奪ったデータを解析しているらしく、一瞬だけ顔を上げる。
そしてまたすぐ画面に戻し、たと思ったらまたガバッと顔を上げた。忙しい奴だな。


「名前それ、怪我?」
「あー、うん、掠った」

彼の目はもうパソコンに戻らない。
急いで立ち上がって、わたしのところへ大股でやってきた。


「誰にやられた、」
「あいつの用心棒みたいなのが出てきて」
「チッ、見せて」
「ん、ほんと掠っただけ」


スコッチの目が冷たく細められる。
促されるままソファに座り、そっと血濡れたスカーフをほどかれる。


「…大丈夫?」
「ん、大丈夫だって」
「そいつ、死んだの」
「死んだよ」
「…俺が殺したかった」
「はいはい」


眉を下げて眉間にしわを寄せたスコッチに、丁寧に手当てされ、割れ物を扱うかのように包帯を巻いてもらった。
あとは念のため抗生物質と痛み止めを飲んでおけば大丈夫だろう、と深い息をついた。

スコッチは優しい。わたしはただの仕事のパートナーなのに、まるで妹のように、時に恋人のように、優しく大切に扱ってくれる。
根っからのお兄ちゃん気質なのかと思ったけど、そのくせ彼が時折見せる冷たい鋭い眼は、ぞくっとする仄暗い闇を孕んでいる。



「あー、くそ」
「ごめん、ありがとう」
「…ん、俺こそごめん、守ってやれなかった」
「スコッチは自分の仕事をきちんとやったでしょ。わたしを守るのはスコッチの仕事じゃない」
「…それでも。ごめん」
「…」


どこか思い詰めたように顔を歪めるスコッチは、とても危うげで。組織に入って早くにコードネームを得た凄腕の冷酷な男とは思えない。



「スコッチ」
「ん、」
「なんでそんなに優しくしてくれるの」
「うーん、名前が好きだから」
「好き?」
「そう、俺名前好きだよ。真っ直ぐだし」


その言葉に一瞬心臓が跳ねて、すぐにああライクの方ね、と自嘲する。
こういう男だ。まるで子どもみたいに真っ直ぐなのは、スコッチの方。


「だから、好きな奴が怪我するのは嫌だ」
「うん、ごめん」
「気を付けてな」
「うん」
「次、お前が怪我したら」
「?」
「俺なにしちゃうか分かんないから」
「…うん」


そんな目で射抜かれて、頷く以外に出来ることもない。


「今日は早く寝ろよ。酒も禁止な」
「んー」
「ああ、薬まだ飲んでないか」
「うん、飲んでから寝る」


不意に立ち上がって、キッチンからペットボトルを持って来る彼。シートから錠剤を出して、


「え」


スコッチが口に含んだ。
そのまま、ソファに座ったままの私に覆いかぶさって、


「ん、っちょ、…っ」


顎を掴まれて上を向かされて、彼の唇が押し付けられる。開いた口に、水と薬が流し込まれて。


「…っ」
「これでよし」


ごくんと嚥下した錠剤が、腹の底で熱を持って疼いた。


「…スコッチ、」
「俺はライクの方だなんて言ってないよ」


長いまつ毛が縁取る切れ長の目が、とても妖艶に細められる。さっきまでの子どもみたいな幼さも、ぞっとするような鋭さも消え、今はただひたすらに目に毒なほどの色香を携えて。

本当に読めない男。


「スコッチって」
「うん?」
「なに考えてるかよく分かんない」
「はは、そう?」
「…もう寝るね、手当てありがとう、おやすみ」
「名前」
「ん、」
「好きだよ」
「…うん」
「怪我治ったら、返事聞かせて。おやすみ」



劣情すら感じる艶めかしい流し目を送られて、答えられずにベッドルームへ逃げるほかなかった。







暗い月
(魅入られたわたし)





「おはよ、名前」
「ん、おはよ」
「怪我どう?痛む?」
「ううん、大丈夫」
「そうか、シャワー浴びたらまた消毒する」
「ん、ありがとう」
「うん」
「…近くない?」
「んー?」
「離してくれないとシャワー行けない」
「洗ってあげよっか?」
「…いい」




20190710









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