「起きろじんぺー」
「…んだよ名前かよ」
「おーおーあんたが呼んだんだけどね起きろ」
「んーどうせならもうちょい美人なおねーさんが良かった…」
「いいから起きろ」


眉間にしわを寄せて思いっきり嫌そうな顔で目を開けて、掠れた声でなかなか酷いことを言っているこいつはわたしの同級生だ。
高校の3年間何の縁だかずっと同じクラスで、陣平は警察官、わたしは普通の会社勤めになった今もたまにこうして会ったりする悪友だ。
会ったり、というか、今回は呼ばれた訳だが。しかも足として。


「あんたさあ、曲がりなりにも公務員でしょ?こんなとこで寝こけてるってどうなの?」
「起きてますうー今日は非番ですうー」
「早く行くよこっちが恥ずかしい」
「あーうん、起こしてー」
「しっかりしろよ天パ」
「天パは関係ないなあ?名前ちゃん?」



へらへらしながら立ち上がる陣平。だいぶ酔っている。ちなみにここは駅の待合室だ。終電前ぎりぎりではあるがターミナル駅なのでそこそこ人が居る。つまりシラフのわたしはこの酔っ払いのテンションが死ぬほど恥ずかしいのだ。

だいたい私は今日は仕事で、早めに上がれたラッキーとお家でゆっくりお風呂に入り、さてこれからビールタイムと冷蔵庫を開けたところで携帯が鳴ったのだ。それがいつもの悪友で、でも急に電話してくるのは珍しかったから出てみたら、「迎えに来て〜名前ちゃあ〜ん」とふざけた声が聞こえたのである。
ほんとに迎えに来ちゃった私も大概こいつに甘いのだが、高校からずっと仲良くしてきたし、警察官の仕事大変なのも聞いてたし、彼女作る暇もないと言ってたし。迎えを頼むのがただの友人である私なんて可哀想極まりない男だなと仕方なく来てやったわけだ。


「名前ちゃあん、クルマどこー」
「駐車場に決まってんじゃん」
「とおいなあ」
「黙って歩きなさい」
「えー」
「ほんっと飲み過ぎ…」


そう、私は車を持っている。
だから前も何度かこいつの足にされてやってきた。

それにしてもこんなに酔ってる陣平は珍しいな、とすこし心配になる。
酒好きだし弱くはないのに、足下はふらふらとおぼつかない。ゆるゆるのネクタイとワイシャツを見るに、朝から一日休みだった訳ではないらしい。疲れてんのかな。仕事大丈夫なんだろうか。



「じんぺー、ほら、着いたよ」
「おう…」
「歩きながら寝るな公務員」
「寝てねぇよ〜」


妙に語尾を伸ばしてへらへらする陣平。
顔と頭はいいのに残念な奴だ。
まあ、顔と頭がいいからおモテになるんだけど。

昔からそうだった。
高校の時は可愛い子とばかり付き合ってたし、他校の生徒が下校時刻を狙って来たりしていた。バレンタインは沢山チョコ貰ってたし、そのくせ性格はこざっぱりしてるから男友達にも好かれていた。
わたしはごくごく普通の高校生活を送るごくごく普通の女子だったけど、席が近くなって話すようになり、何故か気が合って男友達の中では一番仲良しになった。陣平の周りの女子は彼の顔にみんなお目々がハートだったから、陣平に取っても女友達と呼べる子は少なかったし、わたしが一番仲が良かったのだ。
懐かしいな。初めて彼氏ができたときも、初めて振られた時も、テストで赤点取った時も、陣平に相談しては笑われたり貶されたり…あれ、あんまり良い友達じゃなくね。



「あーー落ち着く」
「おいコラ煙草吸わないで」

乗り馴れたであろう私の車の助手席に深く腰掛け、おもむろに煙草を咥える。
もちろん車内禁煙なので、さっとその煙草を陣平の口から抜き取る。


「あ、コラ返せよ」
「じゃあ降りてよ」
「やだなあ名前ちゃん、冷たい」
「うっさい。行くよシートベルトして天パ」
「おーう」

抜き取った煙草は行き場がないので、陣平の手から奪った煙草の箱に戻してポケットに突っ込む。
エンジンを掛けて、ゆっくり車を出した。



走り去る街灯を横目に、陣平のアパートを目指す。ここから20分くらいか。

車に乗ったきり静かになった陣平を横目でチラリと見る。寝ちゃったか?お子ちゃまか?



「…だーら起きてるって」
「…そんなに飲んだの?」
「警察学校の仲間となー」
「ああ…萩原くん?」
「そー」
「2人で?」
「んーや6人くらいで」
「でみんな陣平置いて帰っちゃったの」
「そうそう、ハギが、お前は名前ちゃんに来てもらえって言って」
「…あんた達人をなんだと思って…」
「って言うけど来てくれんじゃん、お前」
「次は陣平の奢りね」
「おー任しとけ」


車内は静かで、光度を落としたナビが淡く照らしている。


「……なあ、」
「ん?」
「お前最近どう」
「何がどうよ」
「男、できた?」
「あー、まあ、出来てないね」
「ふーん」


ふーんて。聞く気ないなら聞くなよ。
酔っているからか眠いからか両方だからか、いつもよりだるそうな陣平の声に笑ってしまう。


「こないだ告白されたとか言ってたじゃん」
「あー、うん、」
「歳上で役付きで割と良い物件だって言ってたじゃん」
「あー、そうだっけねえ」
「やめたの」
「やめたわ」
「なんで?」
「合わなそうだったから」
「ふーん」


先月同じ会社の課長に食事に誘われて、告白された。うれしくて陣平に電話したっけ。
まあ結局、付き合わなかったんだけど。


「陣平は?」
「ぼく彼女いない」
「作ればいいじゃん。誰だよぼく」
「面倒くせぇよ〜」
「まあねーじんぺーちゃん忙しいしね〜」
「そうなのよ〜」


変なノリの陣平がおかしくて、笑ってしまう。
そうこうしているうちに、陣平の暮らすアパートに着いた。


「はい、まいど」
「ツケでお願いしぁーす」
「金利高いよ」
「まじかよ逮捕だな」
「ほら、早く帰って寝なさい」
「あー、なあ」

陣平がシートベルトを外して、そのままこちらに身体を向ける。


「何?」
「寄ってかねぇ?」
「え」
「あー、あれだほら、」
「なによ」
「いいもんやるから」
「…怪しい人に着いていってはいけないって言い聞かせられてる」
「おう、俺にな」
「うん」
「いーから早く、駐車場あっち」


結局、陣平に促されるままアパートの来客用の駐車スペースに車を停めた。陣平とは飲みに行くのが基本だから、お家にお邪魔するのは初めてだ。
正直なところ少し緊張するけど、まあ、陣平だし。異性としてみたことも、見られたこともないし。ていうか私すっぴんだし。陣平だいぶ酔ってるし、人恋しいのかな、と思っていた。


「お邪魔しまーす」
「おーう」


陣平の部屋は思ったより綺麗に片付いていて。というか、物が少ない。
座って、と一言残して、陣平がやかんを火にかける。


「陣平の部屋片付いてんね」
「寝に帰るか着替え取りに帰るかだからな」
「そっかあ、忙しいなあじんぺーちゃん」
「まあな」


インスタントだけど、と陣平がコーヒーを置いてくれる。ありがとう、と一言つぶやいてマグカップを取る。
熱そうだな、とふーふー冷ましていると、斜め向かいから視線を感じて顔を上げた。


「なーに」
「…お前すっぴんだよな」
「あー、うん。お風呂入ったもん」
「いいと思うよ俺は。ガキっぽくて」
「…褒めきれないなら言わないでねじんぺーちゃん」


ぶは、と笑って、陣平がコーヒーを飲む。
ネクタイをしゅるりと外す動作が、妙に絵になる。
だってこいつ、顔は本当にいいのだ。


「ねえ」
「ん、」
「いいもんくれるんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「まだ酔ってんの?」
「んーん、酔ってないけど」
「なんなの陣平」
「やっぱ難しいな」
「だから何がー?」
「んー、」


どうにも話が噛み合わないな。
コーヒーを一口飲む。


「あ、つっ」
「あぶね、」


思ったより熱くて、思わずマグカップを取り落としそうになる。
落ちる、とひやりとした瞬間、斜め向かいにいたはずの陣平の腕が伸びて、わたしの手ごとマグカップを支えた。


「大丈夫かよ」
「ん、ごめん」


陣平はそのまま、わたしのマグカップをローテーブルにおいて。


「ん、?」


なのに、身体はそのままくっついたまま。
横から寄り添われて、半身が陣平に包み込まれているような状態だった。
なんだこれ。煙草と、陣平の匂い。



「ちょっとじんぺーちゃん、近い」
「うんうん、そうね」
「や、離れて」
「んー、やだ」
「は?」


そのまま陣平がずり、と動いて、完全に背後から抱き締められて。
今までではあり得ない距離に、心臓が飛び跳ねる。


「名前、」
「ちょ、なに、」


腕の力がつよくなって、首筋に熱い息がかかる。
わたしが腕に力を入れても、びくともしない太い腕。線の細い奴だと思っていたのに、想定外の力に鼓動が収まらない。


「俺さ」
「な、なに」
「お前のこと好きみたいです」
「…はい?」


耳元でふるえる陣平の声。
脳に直接響く、色香をのせた低い声。
ちょっとまって。ストップ。
陣平だよね?これ。


「だーかーら」
「ん、」
「じんぺーちゃんは名前ちゃんが好きなの」
「じょ、冗談やめてよ」
「冗談かどうか確かめてみる?」
「え」

後ろから抱きしめていた腕が、不意にわたしの顎を捕まえる。そのままぐいっと横を向かされて、暖かくて柔らかい、陣平の唇がぶちゅっとくっついた。


「…っ、じん、」
「冗談じゃないって、わかった?」
「…バカじゃないの」
「ん、真っ赤ですけどね名前さん」
「ほんと、あり得ない…」


陣平の顎が肩に乗る。
頭がぼーっとして、陣平の声が鼓膜を揺らして脳に届く。ずっと友達で、何でも言い合えて、女らしさなんて彼の前では微塵も出さなかったのに。

こんな陣平は、しらない。


「で、名前さん」
「なに、」
「僕とお付き合いしてくださいません?」
「だから何キャラなのそれ…」
「なあ、お前俺のこと嫌い?」
「きら、い、ではない、」
「じゃあ俺の彼女になる?」
「う、」


首筋に顔を埋める陣平の髪と熱がくすぐったい。
頭の中が沸騰しそうで、回路は完全にショートしていた。





致死量飲み込んで





「え?俺全然酔ってないけど」
「は、?」
「まあ、酒の力で勇気出したところはあるけどなー」
「いやいや」
「ずっとこうしたかったんだけど」
「…」
「付き合い長すぎて言えなくて」
「…バカじゃない」
「まあ、良かった」
「よくない…」
「今日泊まってくだろ?」
「は?」
「え?」
「い、いや、お友達から…」
「充分付き合ったけどな?」
「えーと、」
「俺もう我慢しねぇから」
「ちょ、笑顔こわいむり」



20190705









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