「−−−−最悪」
「同感です」
「なんで貴方と、こんな」
「うーん、任務失敗でしょうかね?」
「馬鹿言わないで。成功よ」


情報は抜いたんだから。彼女の真っ黒い双眼がきっとこちらを睨む。
彼女の右手と、俺の左手。ジャラリと艶めく手錠が繋いでいる。

今日の任務は所謂秘密クラブの顧客名簿を手に入れること。探り屋の俺と、情報屋と武器の目利きを生業にしている彼女、名前が組んでまず間違いなく成功出来るであろう簡単な仕事だった。
身体に這うデザインのブラックドレスを纏った悩ましげな美女と、金髪に褐色の肌の優男。難なく潜入し、隙を見てちょっと小芝居を打ち、顧客名簿と取引記録を手に入れた。完璧。そして後は撤退のみと彼女がグラスを置いて立ち上がりかけたその時、突如ほの暗い室内を閃光と発砲音が包んだ。
逃げ惑う人々。地に伏す用心棒。バレたのかと一瞬ヒヤリとしたが杞憂だった。どうやらここの元締めの反社会組織が、別の組織に奇襲をかけられた形らしい。抗争というわけだ。なんて時に居合わせたんだ全く。

無抵抗の客たちには次々手錠がかけられて拘束された。ここの客は皆訳ありだ。奇襲をかけた側にとっても利用価値があるのだろう。
次々拘束されていき、いよいよ僕たちふたりのところへやって来た男を倒して逃げるべきか迷った。拳を握った所で、殺伐としたこの空気に全く場違いな甘い彼女の声が落ちた。


「お願い…わたし、死ぬなら彼と一緒と決めているの。捕まえるならどうか彼と一緒に…」

涙を湛えた大きな目がうるうるきらきら。
構成員の男は虚をつかれた顔になり、次に下卑た笑みを浮かべた。
そしてこの通り。彼女は僕とふたりでひとつの手錠に繋がれたわけだ。そのおかげで、テーブルに繋がれなくて済んだのだ。全く恐れ入る。
そんな彼女を庇いながらも恐れおののく優男をきちんと演じ、客たちが連れて行かれるどさくさに紛れて二人で逃げ出したわけだ。



とりあえず、手錠で繋がれた手を握り合って俺のポケットに突っ込んで、近くのホテルに駆け込んだ。

目立つふたりが消えて奴らは首をかしげるだろうが、わざわざ探しには来ないだろう。サイレンの音が聞こえ始めていたからだ。



そして冒頭に戻るわけだ。



「ていうかバーボン、手錠くらい簡単に開けられるんでしょう」
「あいにく道具がなくてね。ヘアピンか何か持ってないか?」
「持ってないわよ。想定外でしょ」
「全くだな」


ホテルの大きなベッドの上、結局肩を寄せて座っている。
艶やかな髪が時折当たって、なかなか役得だ。


「それで、どうしましょうか?」
「夜が明けるまではここにいた方が賢明でしょうね」
「迎えを呼ぶとか」
「こんな間抜けな姿、見られたくない」


お姫様はたいそうお怒りだ。
だけどこのままでは困るのも確か。


「でも、トイレはどうします?」
「…あ、」


朝までこのまま彼女と繋がれたままでも構いやしない。だが整理現象だけはどうしようもない。彼女も俺もさっき酒を飲んだし、その欲求は時間の問題なのだ。



「……仕方ない、わね」
「おや、ご一緒しても?」
「冗談じゃない」
「では、ベルモットに連絡を」
「いい、わたしがする」
「そうですか?」


彼女がスマホを取り出してどこかにコールする。


「……シュウ、わたしよ」


うん?


「ええ、そうバーボンと一緒。ちょっと困ったことになって、迎えを頼みたいの。…ええ、そうよ」


電話の相手の声はボソボソと雑音になってしか聞こえない。だけど彼女は確かに、


「……誰に助けを?」
「ああ、シュウよ」
「なんでよりによって赤井なんだ…」
「お知り合いだったかしら」


ふふん、と笑う得意げな表情は、さっきまでクラブにいた時と同一人物とは思えないほど幼くて目を引く。

名前は、赤井と同じFBIから潜っているNOCだ。ふたりがただの同僚ではない事くらい、見ていればすぐに分かる事だった。あの憎らしい赤井が大切にしているらしい女。

ああ、そうだ。


「赤井はどのくらいでここに?」
「さあ、割と近くにいるみたいだし、15分もかからないかも」
「そうですか」
「え、」


カチャン、重厚な金属が、思いのほか軽い音を立てた。


「バ、バーボン!」
「手錠を開けられはしませんが、抜けられないとは言いませんでしたよ?」


関節を外して手錠を抜ける技は、組織で学んだ有意義な特技だ。
手首をさすりながら、目をまん丸くしている彼女の細い手首を両方とも捕まえて、そのままベッドに押し倒す。彼女の右手には、まだ手錠が嵌ったままだ。


「もう少しゆっくりしたかったのですが、赤井が来るなら話は別です」
「ちょ、何するの、」
「…そんな無粋なこと、聞かないでくださいよ。あ、それとも、」

口に出して欲しいタイプですか?

にんまり。口角が上がるのを抑えきれない。
彼女の顔が青ざめる。



「素敵な人だなと、ずっと思っていたんです」
「ば、」

言葉は継がせず、唇を奪った。強く押し付け、舌でくすぐる。ほんの少し開いた唇に、遠慮なく舌をねじ込んだ。甘くて目眩がしそうだ。


「…っ、や、」


ちゅ、とリップ音を残して離れた二つの唇の間に、名残惜しげに銀の糸が伸びて、すぐに切れた。



「…ご馳走さまでした、名前」
「ありえない、ほんと、ありえない…」
「ハニトラの練習とでも思えばいいでしょう」
「あなた相手にだけは絶対にしないわ」
「ま、僕は役得でしたけど。また会いましょう、名前」
「バーボン!」



ひらりと彼女の上から退いて、足音を立てずにホテルを後にした。
細い路地に滑り込んだ所で、真っ赤なアメ車が向こうの大通りを猛スピードで走っていくのが見えた。いけ好かないエンジン音を聞いても、今日は気分が良い。

さて、彼女は赤井が到着するまでのこの数分で、あの真っ赤な顔をリセット出来ただろうか。

今度はどんな手を使ってみようか。






perks!



「は!またバーボンと一緒?…ええ、そうです。…お願いベルモット様、バーボンと一緒は嫌なんだって、ええ、そうですってば…だってあの男こないだ私に、…べ、べつに?とにかく、バーボンと一緒は嫌なんです!わたし一人でも大丈夫ですから!………ちょ、待って!ベルモット!」
「………どうした名前」
「ハァ…聞いてよシュウ、またバーボンと一緒…」
「ホォー…バーボン君がリクエストでもしてるんじゃないか?」
「やめてよ、ほんと苦手、あの男…」
「ん?君、顔が赤いぞ?」
「…虐めないで、シュウ」
「全く…お遊びは程々にな。火傷するぞ?」
「それはバーボンに言って!」








20190626
おっとこれは誰夢だ…









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