50音短編企画/留守電


※現代パロ











医者である彼の仕事は忙しい。そして、とある研究機関で働くわたしもそこそこ忙しい。休みはほとんど合わないし、帰る時間もまちまちだ。つまり同棲しているのに、すれ違いばかり。それでも私たちが仲良く暮らしているのには、ちいさな、けれどそれでいてとても重要な習慣がある。


「あ、★さん、休憩ですか?」
「たしぎちゃん、うん、やっと休憩」
「お疲れさまです。最近ちゃんと帰ってますか?」
「うん、なんとか」

たしぎちゃんを見送って、喫煙スペースに入る。タンブラーのアイスコーヒーを飲みながら、小さな紙の箱から煙草を出して火を点ける。
吸い込んでおおきく吐くと、あたまがすっとした。

午後8時。携帯を確認すると、着信2件、伝言メッセージ1件の表示。自ずと 口角が上がった。

着信の1件は友人から。もう1件が、恋人から。
メッセージ、再生。



「ーーー俺だ。これから出る、お前が何時に帰るのか知らねェが、夜中ならタクシー使えよ」


短い伝言。低い声で、一見素っ気ない声色。

もう一度再生してから、煙草をふかした。
決してマメとは言えない彼の性格や、無駄なことは一切しない合理的且つ冷徹なことで有名な仕事ぶりを思えば、ローというひとが恋人の留守電にわざわざメッセージを残すなんて考えられない。
でもこれは、わたしたちの日課なのだ。


煙草を消してコーヒーをひとくち。
今度は彼の携帯を呼び出す。


「ロー?お仕事お疲れさま。わたしはまだまだかかりそう。帰ったらご飯作っておくけど、なにがいい?なんでもよかったら、わたしはお肉な気分かなあ……看護師さんの誘惑には気を付けてね」


終話ボタンを押してから、もう1本取り出した。

メールで済むことを、わたしたちはいちいち留守電にいれている。いつからか、自然とそうなった。ゆっくり話す機会はもとより、ほんのすこしの会話でも毎日交わすのは難しいわたしたち。それでも離れず居るのは、この留守電で毎日声が聞けるからかもしれない。


火をつけながら、思いきり吸い込む。酸素を取り込んだ煙草の先が、勢いよく赤く光りちりちりと燃えていく。


「…ん?」

休憩後のことに頭を切り替えようとしたとき、マナーモードの携帯が着信を知らせていることに気付いた。


「!」

その名前に、急いで通話ボタンを押す。


「ロー?」
「おう、出たか」
「今戻ろうとしたとこ」
「そりゃよかった」

院内で通話できる場所は限られているから、ローは滅多に職場から電話をかけない。たのしそうな声に、口角が上がった彼の顔を思い浮かべた。


「生姜焼き」
「え?」
「メシ。生姜焼きが食いてえ」
「生姜焼き?いいよ、帰りに買い物してく」
「何時になるかまだわからねぇんだろ」
「うん、クライアントから催促が入ったとかで」
「そうか。買い物は無理にいい。タクシー使えよ」
「はいはい」
「あーあと、」
「ん?」
「心配すんな」
「なにが?」
「ナースの誘惑、だろ?」
「あ、」
「心配要らねぇから、休みの日にはしっかり誘惑してくれよ?」
「…ばか」
「頼むぜ。週明けは1日休める」
「え、ほんと?」
「おう。誘惑楽しみにしてる。じゃあな」


短い短い電話。それでもわたしを充分に満たす彼の声。




留守電
(つながる伝言)



「え?トラファルガー先生が電話?超珍しいじゃない!」
「そーなの!しかも生姜焼きがいい、って話してたの!」
「やだお相手は彼女さん!?あの美人って噂の!」
「あのトラファルガー先生の優しい顔…あたし惚れ直しちゃった…」
「美人の彼女の生姜焼きかあ…トラファルガー先生も人の子なのね」



20120627




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