50音短編企画/約束




「おーす、ペンギン」
「シャチか。出航準備はどうだ?」
「ああ、粗方出来てるぜ。あとは明日、生鮮食品積むだけだ」
「そうか。キャプテンは、」
「…またあそこだ、多分」
「ハァ…またか。一体どうなってんだ…」
「まあ、あれだよな、キャプテンも恋とかするんだな…」
「…けど、断られたんだろう?」
「あー、なんか毎日振られてるって」
「…キャプテンも珍しいが、その女も珍しいな」
「なー」










「お帰りください」
「俺は客だ」
「海賊はお断りです」
「てめェは店主じゃねェはずだ」

男の癖に減らず口め…

わたしはカウンターの此方側で、中指を立てたいくらいイラついていた。ここは夜はバー、昼はコーヒーと軽食を出す小さなカフェみたいなものだ。親が居なく身寄りもないまま17で施設を出て、この島に移り住んで5年になる。ここの店主はすごく優しい年輩のご夫婦で、夜は夫であるモルトおじちゃんが、昼は奥さんであるラズルおばちゃんが切り盛りしている。みすぼらしい私を雇い、店の裏手にある自宅の一室を貸し与えてくれた二人はわたしの生涯の恩人と云える。おかげで今はこの店をひとりでまわせるまでになり、小さなアパートも借りた。私はこの二人に恩返ししたくて、毎日頑張って働く善良且つごくごく普通の市民なのである。

なのにだ。
そんなわたしに災難が降りかかったのは1週間前だ。グランドラインにある此島は海賊船も訪れる。ログが溜まるまで8日ほどかかるそうなので海賊はその間滞在することになるのだが、それらは大抵小さな山を越えた隣のおおきな町のほうで、このちいさな町にはやってこない。やって来たとて、調達できる物資や特別な産物、略奪の対象になりうる財宝など、特になにもないのだ。
なのにそいつはやって来た。やたら長い脚を組んで小さなこの店のカウンターのスツールに腰掛けて、酒を飲んでこう言った。「お前を気に入った」と。

その男がトラファルガー・ローというとんでもない海賊だと知ったのはそのあとだ。彼は毎夜やって来た。仲間を連れてくることはなく、ただひとりで。隣町では海賊相手の娼館が繁盛すると聞いていた。私は娼婦じゃないといったら笑ってまた言うのだ、「そんなことはわかってる」そして、「お前、俺と来ねえか」と。


何度断っても彼はどこ吹く風といった様子でまた現れた。そうして他愛ない話を少しばかりして、また私を誘うのだ。
気まぐれな海賊に付き合ってる暇はない。けれどこいつのおかげで店の常連客たちは来れなくなった。残忍で名の通る海賊が入り浸っていれば当然だ。しかし損害はない。彼は毎夜、一晩の売り上げを上回る額を置いていくからだった。



「お前、何故そんなに此処に拘る」
「此処がわたしの居場所だからです」
「お前の居場所が此処だけとは限らねェだろ」
「孤児の私に帰る場所はありません。友達だっています。恩人もいます。此処だけです」
「こんな小さな町の小さな店で一生を終える気か」
「ええ。いけませんか?」
「ああ、もったいねェ」

彼はストレートのウィスキーを一息に飲み干した。唇を舐めた舌がやけに赤くて息を飲む。


1週間、ただ毎日二人きりで話をした。おじちゃんもおばちゃんも、彼が居るときは他の客も来るまいと来なかった。

海の話を聞いて、見てみたいと思わなかったわけじゃない。一度この目で世界を見たいと、確かに思った。でもだからといって海賊に身を落とさなくてもいい。わたしはここで、おじちゃんやおばちゃんに恩返しして………


青い海の上を自由気ままに進み行く目の前の彼が、魅力的に見えなかったわけではないのだ。



「世界は俺もお前も知らねェことばかりだ。それを見てみたいとは思わねえのか?」
「…けど、」
「何を戸惑ってる?俺はお前を途中で放り投げたりしねェよ」
「…」


さらっと口説き文句を口にする彼の前においたおかわりのウィスキーの丸い氷がからりと鳴った。


「あなたを信頼しろなんて、むつかしいわ」
「まあ、それはそうだよなァ…」


くく、と口元だけで笑う彼に危機感は感じない。どこまで本気なのか、初めからからかってるだけなのか。


「なあ、★」
「…」
「俺は…お前に惚れてる」
「…ほ、惚れ、?」
「ああ、だからお前が欲しいんだ」
「そんな、だって」
「信じるか信じねえかはお前次第だ」
「…」

急に真顔になった彼の目は、ひどく魅力的に深く輝いていて。


「…私は、戦えないわ。戦う理由も、ない」
「お前は戦う必要はねェよ。お前くらい、俺が守るさ」
「あなたが思うような女じゃ、ないかも、しれないわよ」
「どんな女だろうと、お前がいいんだ」
「…なんで、そんな、」
「言っただろう。惚れたんだよ」


ああ、おじちゃん、おばちゃん。
わたしの心を揺さぶるこの男に、わたしはこの1週間、確かに惹かれていたの。どうしよう。ついていきたい、なんて。


「恩返しで人生を終わらせるには、もったいねェ女だと思うがな」
「……っ」
「★」
「…」
「約束する。お前に世界を見せてやる。お前を決して一人にしねェ。」
「そんな、海じゃ、私はきっとすぐ死んで、」
「お前が死ぬなら、」



そうして紡がれた言葉に、わたしは人生を決めることになる。







約束
(お前が死ぬなら、その時は俺も死んでやるよ)







「おじちゃん、おばちゃん、あのね、私、」
「分かってるよ★。いっておいで」
「え、?」
「あの男は毎日家へも来てね。お前を必ず守るから俺にくれと頼んでいったんだ」
「う、うそ、」
「★が決めたんだ。行ってきなさい。何かあったら、いつでも戻っておいで」
「…っ、うん…!」




20120812




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