50音短編企画/てるてる坊主



「あ、」
「ああ、降ってきたよったなあ」

頬を撫でるやけに冷たい風に顔を上げれば、窓の外は銀の雨が降りだしていた。


「今日傘持ってへんわ」

眉を寄せる同僚を見やる。


「★は?傘持ってんの?」
「うん、持ってへんわ」
「うわあ、仲間やね」
「せや、あれ作ったるわ」
「あれ?」
「てるてるぼうず」
「ええ?なんでやねん」
「晴れてほしかったら、お願いせな」


雨の音を聞いていると思い出す、あの日。
あまり好きじゃなかった雨の日が、好きになったあの日。













「こらあかんわ」

小さな個人経営の会社に勤めるわたしは、その日社長のお使いで外回りみたいなことをしていた。これが終わったら今日は直帰していいと言われてうきうきで終わらせ、あとは駅前の一件になった。駅まで10分も歩けば着くだろう。山が近いこの地域は、社のある街中より涼しく感じて心地いい。と、深呼吸したところで、額に当たった僅かだが確かな水滴。雨や、と思った時にはザアザアと音をたてて降りだしていた。


「傘持ってないのに…」

今日は休日らしい小さな商店の軒先に、とりあえず雨宿り。駅まで走ったら、濡れ鼠なんてもんやないだろう。はあ。


雨は、苦手だった。

雨のなか一人になると、すごく孤独な気がしてしまう。あとは、大好きだった彼氏に振られた日を思い出してしまう。もう2年も前なのに、だ。

自嘲する。だあれも通らない山際の一本道。ひとりきり。こんなところで、元彼を思い出すなんて。やっぱり早く新しい恋人を見付けなあかんなあ。


雨はザアザアと視界を煙らせる。濡れたわけじゃないのに肌寒い。ちぇ。



その時。わたしひとりのこの空間に、真っ黒な濡れ鼠が飛び込んできたのだ。


「っ!!」
「…おや、これはどうも」
「こ、こんにちは」


鋭い目付きと、スキンヘッド。頭から顔から、施された蛇の這ったような模様は、刺青だろうか。

……怖いひと?


「…えらい降ってきましたな」
「え、ええ、そうですね」


なんというのかわからないけれど、着ていた黒い上掛けのようなものを脱いで、ぐい、と絞るそのひと。あれ?その服って。


「お坊さん、なんですか」
「ええ」


そういえばこの山にはお寺があって、なんとか宗っていう仏教系の、今は祓魔師集団が…って、社長が言うてたっけ。
じゃあ、このひとも祓魔師?


「あ、あの」
「はい、?」
「よかったら、お使いください」
「せやけど、」
「私、鞄にまだ持ってますし、あ、返してもらわんくても全然構わへんですし、」
「…どうも、おおきに」

濡れて光る頭や顔がなんだか寒そうで、差し出したハンカチ。受け取ってくれた顔が、わずかに微笑んだ気がした。


ザアザアと、飽くことなく降り続く雨のなか。
不思議と心細さは消えていた。


そうっと横の彼を盗み見る。綺麗な横顔。年齢不詳だけど、わたしの親と同年代くらいに見える。いや、もうすこし若いのかな。


「どちらまで行かはるんですか?」
「え、あ、駅前までです」
「そうですか、もうすぐ止みますよ」
「え?」

言われて顔を空に向ければ、少しずつ明るくなっていて。雨雲が晴れそうな空に、安堵と、ほんのすこし残念な気持ち。


「…」

不思議な雰囲気の人だとおもった。精悍な横顔。ストイックな雰囲気と、落ち着いた低い声。それでいて、なぜかひどく妖艶だ。きりりと射抜くように前を向くその目に、なんだかとてもどきどきした。


「…あ」
「おや、」

雨雲が切れ始め、覗いた青空に、鮮やかな七色。


「虹、ですねえ」
「ええ」

彼の横顔は、僅かに、ほんの僅かに微笑んで見えた。



「ほな、行きますか」
「あ、はい」
「雨宿りやけど、ご一緒出来てよかったですわ」
「あ、わ、私もです!」

お気を付けて、とゆっくり言った彼の広い背中を見送って、私もすっかり明るくなった道をあるきだしたのだ。

特別話したわけでもないから、名前も行き先も知らない。本当に祓魔師なのかもわからない。でも彼とのふたりの空間はあたたかで、とても居心地が良かった。










「よっしゃ、できたで!」
「うええ?★、なんなんこのてるてる坊主」
「え?なにがよ」
「なんか目付き悪いし、蛇みたいな変な模様ついてるやん」
「ええのええの!このほうがご利益あるんやで?」
「そうなん?」

眉をひそめる同僚を尻目に、窓辺に下げるそのてるてる坊主は、あの日出会ったあの不思議なひとを象った個性的なてるてる坊主。

雨が降ったら、また会えないかな、なんて笑顔になれるおまじない。









てるてる坊主
(あしたてんきに、なあれ)





「雨、止まんかったなあ…」
「あ、あんたさんはこないだの…」
「あ、あ、!」
「こないだはどうも。傘、また忘れはったんですか?」
「あ、はい…」
「ほな、駅までご一緒しませんか」
「え、ええんですか?」
「ハンカチのお礼、と言うてはなんですが」
「是非!」
「御名前聞いても、ええでっしゃろか?」
「っ…はい!」




20120811




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