50音短編企画/愛しむ



月の高い夜。船長室のソファに腰掛けて、随分伸びたその髪をとく彼女はすこぶる機嫌が良さそうだ。


「……どうした」

鼻唄混じりで髪を触る★に言葉をかければ、よくぞ聞いてくれましたと顔に書いてあった。


「へへ、あのね、こないだの島でローに買ってもらったヘアオイル、すっごくいいの!髪が生き返ったってかんじ!」
「……ヘェ」

にっこにっこと満面の笑みを惜しみ無く溢す彼女は、シャワーの後だからかいつもより血色がいい。
数日前に発った島は物資が豊かな貿易の島だった。髪を伸ばしたいのに潮風で傷んでしまうとぶつくさ言っていた彼女に、上質なオイルを見繕ってやったのだ。


「しかもすっごくいい香だし、ローって意外とセンスよかったんだね」
「…褒めてんのか、それ」
「当たり前じゃん!ね、触ってみて?」
「ああ?」

反論なぞ、彼女のきらきらと期待に満ちた目の前ではたちまちたち消えて。
本を閉じてデスクに置いて、彼女の待つソファに座る。肩を抱くようにソファの背もたれに片腕を回して、もう片方の手で艶めく髪を撫でた。


「どう?」
「ああ、いいんじゃねえのか」
「ね、いいかんじだよね」
「…」

艶めく見た目ほどベタベタしないその髪は、傷みなんぞ無関係と思えるほどにさらりと指のあいだを落ちていく。
しかし髪ひとつでここまでにこにこ笑えるなんて、女ってやつは本当に訳が分からねェ。
でも少なくとも、自分の愛する女が自分の与えたもので笑っているのを前にして、気分の悪い男はいないだろう。


「へへ、ロー、ありがとね」
「…ああ」

彼女の笑みに、顔が熱くなる。
咄嗟に誤魔化す方法が見当たらなくて、すぐそこにあった唇を奪った。


「……ん、っ」
「★…」

低く名前を囁けば、ぴくりと僅かに肩が跳ねる。そのひとつすら、ひどく愛しくてかき抱いてしまいたくなる。


「ロー…」
「…煽ってくれるな」

先程までとは違う甘く熱をはらんだ声が自分の名を呟いて、彼女のとろんと蕩けた表情に、上がった体温を下げる気もなくのし掛かった。
再びさらりと揺れた髪から、すこし甘い香りがした。






愛しむ
(キャプテンのたいせつなひと)





20120810





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