50音短編企画/予防接種



「い、や、で、す」
「だから嫌とかそういう問題じゃねえんだよ」
「でも、嫌なものは、嫌」
「なあー頼むよ俺お前連れてくる係なんだからさー」
「そんな係知らないもん!」
「知らないもん!じゃねえ★!」
「きゃーシャチに襲われるー!」
「ばっ、滅多なこと言うんじゃねェ!」


我らがハートの海賊船の甲板で、いま俺を今年一番困らせているこいつは、唯一の女クルーで、キャプテンの恋人だ。普段は明るく快活で、戦闘員としてもかなり腕のたつ方。俺はこいつと同い年でキャプテンを除けば船のなかではたぶん一番仲がいい。バカ話したり、賭けポーカーしたり、手合わせなんかもするいい仲間。

……なのにその彼女が今はどうだろう。
縁まで追い詰められて座り込み、聞きたくないとばかりに両手で耳をふさいでガキみたいなことを喚いている。仕舞いに襲われるとかデタラメ叫びだす始末だ。


「はぁ……★、頼むよ」
「や」
「キャプテン忙しいからさ、待たせたら後が怖ェだろ?」
「…」


次に向かう島は夏島で、そこではいま感染症が流行している。
前の島で得たその情報は確かなもので、死に至るほどではないが何せ感染力が強すぎる。ということでキャプテンにより予防接種が義務付けられたのだ。効力を得るには早く打たなくては意味がない。なので今日はキャプテン直々にクルー全員の予防接種が行われているのだ。
が、俺も初めて知ったが★は大の注射嫌いらしく、往生際の悪いことにこうして逃げ回っているのだ。


「あーもうウジウジしてねぇで行ってこいよ!」
「い、や、で、す!」


この繰返し。無理やり引っ張っていこうにもこいつは戦闘員。しかもこんなに必死なところを見ると本気で抵抗されるだろう。それはちょっと怖い。いやべつに俺がヘタレなんじゃなくて、こいつは強いんだ、まじで。


「お前つれていかないと俺がお仕置きじゃんかよ…」
「甘んじて受けて」
「バカ言え!」
「…」


キッとにらまれる。しゃがみこんだ彼女は必然的に上目遣いで、その目はうるうると涙に濡れていて今にもこぼれ落ちそうだ。


「…っ」

やべ。ちょっとグッときた…


とか言ってる場合じゃなくて!


「そんなんじゃキャプテンに嫌われちまうぜ?」
「ローがそんなことで嫌いになるわけないもん」
「よしわかったやってきたら俺のデザートやるよ

「いらないローにもらうし」
「じゃ、特上の酒!俺の宝物分けてやるから!」
「………いらない」


いま迷ったよなバカップルめ。
いやそれどころじゃなくて、本当につれていかないと俺がバラされかねない。


「なにやってんだお前ら」
「ペンギン!」


とそこで後ろから救世主登場!


「★がどおーーーーしても予防接種受けたくねぇんだと!」
「ハァ…★?」

★はペンギンに叱られるのが一番苦手なことを俺は知っている。キャプテンも★にはあまいから、こいつを叱るのはペンギンくらいしか居ない。
名前を呼ばれた★の肩が僅かに跳ねる。


「……★」
「なに…」
「あとはお前だけだ。いこうぜ?」
「……」
「俺が着いててやるから」
「…ほんと?」
「おう、最後まで着いててやる」
「……」
「…な?」
「……わかった」


……え?

あんなにいやがっていた彼女が。


「ほら、行くぞ」
「うん…」


ペンギンのつなぎを掴んで、大人しくついていく★。
そのふたつの背中に、俺はたしかに母子を見た。




予防接種





「おおおおおお終わったあー!!」
「お、やればできんじゃねェか!」
「あ、シャチわたしちゃんと受けたから、デザートとお酒ね」
「はああああ?!」




20120622




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