50音短編企画/催眠術
勝手知ったるお隣の志摩さん宅。金造に借りてたバンドのスコアブックを返して新しいのを借りるべく、私は目的の部屋を目指していた。その途中。
「……なんやて?!」
「ちょ、でかい声出しなや」
「す、すまん、金兄それ、ほんまなん」
「おう、ほんまやで」
襖の向こう、ここは廉造の部屋のはず。なんだか切羽詰まった金造と廉造の話し声に、あん二人が真面目な話とは珍しいなあとか思いつつ、立ち聞きなんて悪趣味なことはせずにそっと通りすぎようとした。
「ほんまにこれで★ちゃん落とせんのや…」
聞こえたのは自分の名前。思わず立ち止まる。
「ええか、廉造よう聞き。催眠術言うんは手順を守らな効果が薄れる言う話や」
「お、おん」
「せやからよう聞いとき。今日は俺のバンスコ返しにあいつが家に来るはずや。上手く行ったらちゅーくらい出来るかもしれへんで!」
「はい先生…!」
「ええか?まずな…」
………あんド阿呆が。
まあた廉造担ぎよったな。
廉造は無類の女好き。あんお父さんからなんでこうなったんか不思議でたまらん。いやまあそれはいいとして、なぜだかここ2年ほど廉造は私にご執心。毎回際どいこと言うて口説いてくるあの童貞少年は、今日も悪い兄貴に騙されているらしい。女のこととなると冷静さを欠くんやから、将来が心配や。
柔兄にチクったろか、それとも出ていって金造蹴っ飛ばしたるか、いや、待てよ、せや……
私も今日は暇人だ。ちょっとくらいからかったろ、と金造の部屋へ急いだ。
「金造、おるー?」
居ないと知っていながら、わざと金造の部屋の前で大きめに声を出す。途端に走ってきたのは、廉造。
「★ちゃん!きとったんや」
「おー廉造、金造おらんの?これ返したいんやけど…」
「あー、俺返しとくし、ええよ」
「そ?ほな頼むわ」
「あ、★ちゃん、ちょっと俺の部屋寄っていかん?勉強教えてほしいとこあって」
「珍しなあ。ええよ、今日は暇やし」
廉造も、私も、たいがい演技派やな、と吹き出し掛けるのを堪えつつ、さっき通りすぎた廉造の部屋に入った。
「あー、ちょ、とりあえず座ってえな」
「うん、お邪魔しますー」
「な、★ちゃん、ちょっとええ?」
「ん?」
「心理テスト、せえへん?」
「………ええけど」
勉強はどないしてん?と突っ込みたくなるのを抑えて、目の前で期待に目をきらきらさせる廉造に微笑みかける。
「えーとまず、目ぇ瞑って」
「ん、」
「ほんで、深呼吸2回して」
「………ん」
「いま、★ちゃんは俺のことが好きや」
「……」
「好きで好きで、どうしよもないくらい、好きや」
「……」
「せやから、★ちゃんはもう俺のもんや」
「……」
「もっかい、深呼吸して?」
「……」
「目ぇ開けたら、目の前の俺が欲しゅうてたまらんくなるで。ゆっくり、目ぇ開けて」
「ん….」
えらいちゃちい催眠術やな。
とはさすがに言えないので、言われた通りに目を開ければ、心配そうな、それでいて期待に満ちた表情の童貞少年。
「★ちゃん?どんな気分…?」
「れん、ぞ…」
「うん?」
「廉造、好きやで、」
「!!!ほ、ほんま?」
「何言うてんの、私のこと、信じられへんの?」
あたふたしながら、真っ赤になっていく廉造。あら、なんやかいらしいな。ノってきたで。
「俺かて、★ちゃんが大好きやあー!」
「う、わあっ」
暴走童貞少年に抱きつかれて、ぐらりと体が揺れる。くそう、童貞のくせに図体はでかいんやから。
…でもよく見ると、僅かに手が震えてる。なんなやっぱり廉造やなあ。かいらしいかいらしい。
「廉造?」
「うん?」
「あんな、顔見せて」
「お、おん」
やっと離れたその顔は、真っ赤な上に目がうるうるで。仔犬か!と吹き出しそうになるのを必死で抑える。
「廉造…キス、して?」
「ぶふぉぉッッ」
うお、汚なっ。
と、いかんいかん。
「え、え、え、えええの?!」
「あかんの?」
「あ、あかんくない!」
「ほな、して?」
これ以上無いほど真っ赤になった廉造。
そうして意を決したように、茹でダコが近付いてくる。
「………っ」
「…はい、そこまで」
「ッぅおえ?!」
「こんド阿呆が。姑息な手使うんやないわ」
あと2センチくらいのところまで来た茹でダコを、ぺしんと顔面を軽く叩いてやったらものすごく慌て出した。
「な、なんでや★ちゃん、」
「私がそんなインチキに引っ掛かるとでも?安く見られたもんやなぁ」
「い、いや、そんなんじゃ、」
「あんたも男なんやから、正々堂々真っ向勝負せえ」
「せやかて…」
「まあでも、あんたがそんなに私のこと好きなんは分かったわ。せやから次は正攻法でおいで」
「!」
にやり。我ながら意地悪に笑って、その頬に小さな小さなキスを落として。
催眠術
(童貞少年の大勝負)
「金造ーっ!」
「痛ってェ!何すんのや★!」
「何すんのややないわ!お前は弟たぶらかすのええ加減にせえっ!」
「げ、なんで俺やばれてんねん」
20120802