50音短編企画/恋



なんでやろ。なんでこんなに好きなんやろ。
報われないって、わかりきってるのに。



「なんやと?!もっぺん言うてみい蛇女ァ!」
「何度でも言うたるわ、この低脳申!」

京都出張所の珍名物とも謂えるこの喧嘩は、言うなればもはや日常茶飯事だ。

いい歳して青筋浮かべて幼馴染みの蝮ちゃん相手に怒鳴り散らすその人は、ここの祓魔一番隊の隊長で、わたしの同僚で、そうして想い人。


「はは、またやってはりますなあ」
「ほんと、ええ加減にしたらいいのにね」
「まあ、あれですね、喧嘩するほど…ってやつ」
「ほんまやね」

じっと見ていた私が呆れていると思ったんだろう、隣にいた部下が苦笑する。実際確かに呆れてるけど、でもそれだけじゃない。
わたしの視線に含まれるのは、どろどろした嫉妬という名の羨望。


所長か、蟒さんが現れるまでは大抵終わらないこの喧嘩。どないしよう、放っておこかと俊巡したところで、事態は予想外な方向に傾いた。


「蝮ィ!今日こそお前によう教えたるわ!」
「申に教わることなんざ無いわ!」
「こンの…っ、行け、っ!」
「フン、そないな棒キレに、っ、きゃあっ」

「!」


あーあー錫杖はあかんやろ、所に被害出したら拳骨や済まんのやでと仲裁に入ろうとした時、錫杖を避けた蝮ちゃんがふらりと不自然に傾いた。
そこからはわたしの入る隙は無くて、痛そうに顔を歪めた蝮ちゃんに、誰より早く駆け寄る柔造がひどく瞠目していた。


「なんしとんのや!大丈夫か!」
「さ、申に心配される筋合いないわ!退き!」
「そうはいかんやろ、」

ああ、なんて羨ましい。

わたしは蝮ちゃんの心配じゃなくて、彼にそんな顔をさせる彼女を羨ましく思ってしまう。


嫌がる彼女を半分担ぐように、柔造は蝮ちゃんを医務室へ連れていった。その背中を見て、わたしは溜め息を吐くしかなかった。

ずうっと彼だけを見ている私には、彼の想い人が分かりすぎる。













「……なんで伝えへんのや」
「別にええやないの」

市内の居酒屋。狭いながらも個室だし、料理も美味しくてお気に入りの店。泡の弾けるジョッキで乾杯して、開口一番金造はそう言った。なんの話かは知っている。彼はわたしの想いを知っているから。


「★は柔兄と仲良えし、脈無しとは限らんやろ」
「そんなんええねん」
「何がええんや。見てるだけでええとか訳わかれへん」
「あんたは真っ直ぐやからなあ」


私は小さい頃京都に越してきた。日本支部の偉いさんだった祖父の影響で祓魔師になった私は明陀宗には関係なかったから、配属志望も特に無かった。でも手騎士不足からか京都出張所に配属になり、柔造と出会った。話も弾むし、居心地が良かった。だから今でも私は隊長になった彼を呼び捨てるし、微力ながらも蝮ちゃんとの喧嘩の仲裁にも入れる。金造とはバンドの話が盛り上がったことが切欠で仲良くなり、志摩家にお邪魔したことも一度や二度ではない。つまり柔造とはお友だち。それ以上でもそれ以下でも無い、微妙だけど確実な距離。


「ちゃんと伝えんと、叶うもんも叶わんやろ」
「ちゃんと伝えても、叶わんもんは叶わんのよ」
「そんなん屁理屈やろ!」
「そんな怒らんでよ、私がええて言うんやからええやないの」

なんでもストレートで余計な事をあまり考えない金造には、毎回こうして叱られる。

「私は今のままでええんよ。友だちで、ずうっと友だちで居たい」
「そんでずうっと柔兄のこと好きで居るつもりなんか」
「せやねえ」
「……行き遅れるで」
「ええねん、それでも」
「よく、ないやろ」

頑ななわたしに、金造が切なそうに眉を寄せる。わたしだって恋愛経験が無いわけじゃないし、それなりに歳も食った。金造の想いに、全く気付かないほど天然ボケでも無いし若くもない。


「私はずうっとこうして、柔造のそばにいたい」
「好きやのに、好きやないふりして?」
「うん、まあ、せやね」
「そんなん、納得いかんわ…」
「あんな、金造」
「なんや」
「私、きっとずうっとずうっと、柔造が好きや」
「…」
「もし私が誰か別のひとと結婚して、幸せになったとしても、やっぱり柔造のことはずうっと好きやねん」
「なんなねん、それ、」
「ほんま呆れてまうよね。でもきっとそうやと思うの」
「…お前を幸せに出来るんは、柔兄だけやいうことか」
「うーん、分かれへん」


困って笑えば、金造が切なそうに眉を寄せた。
ああ私、ほんま嫌な女やなあ。

でも、ほんまにそう思うんよ。


「★」
「うん?」
「俺は諦めへん」
「…何を?」
「俺だけ見たくなるように、したる」
「…金造、」
「柔兄なんかより、ずっとお前を幸せにしたる」
「…」

それでも、彼を考え彼を愛し、彼のために傷付く毎日は変わらんよ。
金造の真剣な眼差しにさえ、ああ、柔造と似てる、だなんて。私はとことん嫌な女だ。








(きっとこの胸の温度は下がらないでしょう)






「★、好きや」
「金造…その、ごめん…」
「言うたやろ。諦めへんからな」
「でも、」
「でももくそもあるか、諦めへん言うたら諦めへんのや」





thx:こいのうた
20120730




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