50音短編企画/浴衣




「うーん…」
「うわっなんやこれ、なにしとん★」
「あ、金造ええとこに来た!」
「え、」


蝉の鳴く昼下がり、我が家の一室が色とりどりの何かで鮮やかに埋められていた。
その真ん中に座り込んで難しい顔をしていたのは、幼馴染みの★。


「浴衣、どれがええかな?」
「はあ?」


俺の顔を見てぱあっと明るくなる大きな瞳。どきっと鳴った胸は気づかなかったことにして。


「あんな、おばさんに新しい浴衣買おかなって相談したら、古いの仰山あるさかい気に入ったのあったら持っていきーって、言うてくれてん」
「…おん」
「そんで出してもろてんけど、どれもかいらしくてなあ」
「…」
「金造、一緒に選んでえな!」


にっこり。
向日葵みたいに笑ったその顔に、今度の胸の高鳴りは気づかなかったことにはでけへんかった。


幼馴染みの★は、ちいちゃい頃からよくこの家に遊びに来ていた。仕事の忙しい彼女の両親は、人の良さそうな顔でいつも申し訳なさそうに笑いながら、彼女をこの家に預けていったりもした。
成人して、俺や柔兄が祓魔師で彼女がOLになった今でも、彼女は時々こうして家に出入りする。



「こんなんどうやろ、王道やけど、やっぱりかいらしいよね」
「あー、ああ」


彼女が手にしたのは紺地の朝顔柄の浴衣。
胸元に当ててどない?ときらきらした目で俺を見る。


「あ、こんなんもええなあ〜ねえ、金造!」
「お、おん」


浅葱色に紺のストライプが施されたシックな浴衣。そういや昔おかんが着とったな、なんて思い出す。
次から次へと色々な浴衣を手にしては、俺に笑顔を振り撒く彼女。柔兄やったらもっとちゃんと喜ばせてやれるんやろうけど、俺には気の効いた言葉は出てこない。


「いやーやっぱり迷うわあ。ね、金造やったら彼女にどないな浴衣着てほしい?」
「はあ?おま、彼女ちゃうやないか」
「それはそうやけどさ、例えばの話〜」
「例えばて…」


そんなことを言われて思いっきり言い澱めば、ぽわんと頭の中に俺の隣に浴衣で立つ★を想像してしまう。


「そ、やな、俺はやっぱり、これやな」
「やっぱり?!私もこれが一番気にいってんの!」


おずおずと指した浴衣は生成というか、鳥の子色というか、そんな地にオレンジがかったピンクの花が柔らかで綺麗な浴衣。なんちゅう花やろう。
紺もええけど、★にはこっちも似合うだろうと思ったのだ。「彼女」に着てほしい浴衣やなくて、「★」に着てほしい浴衣を選んだ。


「ほんならこれに決めるわ、おおきに金造」
「おん、べつにええよ」


おばさんに言うて来な、と楽しげな★が、散らかった浴衣をきれいに畳んで片付けていく。
なんかもっとちゃんと、お前なら似合うやろな、とか、かいらしいやろな、とか、言えたらええのに。恥ずかしすぎて言えない俺は、ほんまにあの柔兄と兄弟なんやろか。

なんて、悶々としていた最中。



「おう★、きとったんか」
「柔兄、おかえんなさい」

噂をすればとかなんとか言うやつで、今まさに頭に浮かべた天然モテ男の兄貴が顔を出す。にこりと笑った★にただいまと返して、変な顔をしている俺をちらりと見遣った。


「なにしとん?浴衣か?」
「おん!おばさんにね、気に入ったのあったら持っていきーって言うてもろて」
「なんやお古でええのか?新しいの買うたるで?」
「ええんよ、それに志摩家の浴衣だけでお店行ったくらいあるし、ほんま迷うたわ」
「そんで、決めたん?」
「ん、金造に手伝ってもろてん。ほら、どない?」


へぇ金造に?と意味ありげな視線を向ける柔兄は、俺の長年の片思いを知っている。それでいて★をむちゃくちゃ可愛がっている。非常に居心地の悪い空間に、★がさっきの浴衣をあてて柔兄に笑いかけた。


「へぇ、かいらしいなあ。よう似合うとる」
「ほんま?!」
「おん、帯は紺がええなあ」

ほら、やっぱり。

柔兄がすらすら紡ぐ言葉は、彼女の笑顔をより明るくする。


敵わん。はあ。ド阿呆やなんやと言われても、恋愛に関してはてんで駄目や。あれやな、片思いの期間が長すぎて、振られたら立ち直れんから臆病になる言うか。こないだ雑誌で読んだ受け売りやけど。


「せやったら来週のお祭り着て行こっと」
「ああ、もう来週なんやな」


毎年この季節、近所の神社の夏祭りがある。警らの仕事が入りそうだと思いながら、これを着た★を見たいなんて思ってしまう。


「誰かと約束しとんのか?」
「んーん、これから誘おうかなと思て」


誰と行くんやろ。男やったらどないし、

「金造、来週のお祭り一緒に行かん?」

……よ、

「…………ぇえ?!」
「なんなん今の間」
「いや、俺?!」
「うん、あかんの?」
「あ、いやあかんっちゅうか、」


答えない俺に断られると勘違いした★がしゅんと眉を下げて、同時に俺の顔に血が集まる感覚。


「しゃ、しゃあないから、行ったるわ」



来週のお祭り、非番にしてくれとおとんに頭を下げに行くまであと3秒。






浴衣
(すべてはきみのため)




「なんで金造やねん、★、俺が行ったるて」
「あかんよ、柔兄は色んな女の子がおるやろ」
「人聞き悪い言い方すんなや、俺にはお前だけなんやで?」
「それ言うたら私には金造だけやねんから」
「え?」
「え?…………あ」
「なんややっぱり両思いやったんか」




20120726




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