50音短編企画/記念日
……21時。ああ、もうこんな時間か。
彼の好物ばかりが盛りつけを待って並ぶキッチンで、ミネラルウォーターを一気飲みした。ちぇ、焼酎を一気したい気分だ。
夜になってもまだ暑さの残る季節。今日はわたしと柔造の3回目の結婚記念日だ。
「はあ…」
落ちたため息が思いのほか響いて余計寂しくなった。
柔造は祓魔師だ。しかも祓魔一番隊の隊長という責任ある立場の人間だ。そんな夫をいつもは誇らしくおもう。
でも、今日そう思えないのは仕方ないだろう。
何度思い出したかわからない、夕方の電話。これから帰る、そういう内容かと嬉々として受話器を取った滑稽な自分。
「あ、★か?ほんっますまん!急な依頼でな、俺と所長が行かなあかんことになってしもて。今日は遅なりそうや。ほんま堪忍な、先寝とってくれてかまわんし、あ、戸締まりはしっかりせえよ!」
先寝とっていいってことは、まだまだ遅くなるんやろうな。
日の目を見ずに食べられなくなりそうな料理たちを救済すべく、冷蔵庫に仕舞ったら22時だった。
「……ん、」
ソファに座って、見る気もない洋画を流し見る。
うつらうつらしていたらしい意識が浮上して、めに入った時計はすでに23時半。
ああ、もう今日が終わってしまう。
別に記念日なんて、代わりに明日とか来週とかゆっくり御祝いできたらええやん。それやのにまだ寝る気もなく未練がましく待っとる自分、ほんま女々しいなあ。阿呆やなあ。柔造は仕事やねんから、仕方ないやんか。
…でも、言わせて貰えば。
志摩家に嫁入りした私は、来年には柔造と共に志摩家に引っ越す。新婚生活を二人きりで過ごさせてくれたのは、跡継ぎとなる柔造への両親からの心遣いみたいなもん。
二人きりの結婚記念日は、今年で最後やった。
「ほんま、阿呆…」
熱くなる目頭をごまかすために、呟いた独り言は。
「堪忍な、遅なったわ」
愛しい低音に拾われた。
「っ、柔造!」
「ただいま、★」
「お、かえり…」
「おん」
いつのまに後ろに居たそのひとは、紛れもなくわたしの旦那さま。にっこり笑って、わたしの隣に座る。
と、同時に、視界いっぱいのイエロー。
「、わ」
「ギリギリセーフやんな?3年、ありがとう」
「柔造…」
「これ、俺からのプレゼントな」
ひまわりの花束と、白い小箱。
中に輝く、ダイヤのネックレス。
「めっちゃきれい…柔造、おおきに」
「礼はこっちに頼むわ」
途端ににやりと笑って、自分の口を指す柔造。またそないなこと言うて、って思わず笑ってしまいながら、抱き付いてキスをくれてやる。
彼越しに見えた時計が、ギリギリセーフと笑ってくれた。
記念日
(これからもずうっと、)
「腹減ったあああ!」
「え、食べてへんの?!」
「おん、昼のお前の弁当きりや」
「なんでやの、もう」
「お前が俺の好物用意しとるやろなって、思うたからに決まってるやろ?」
「……ほんま阿呆やで」
「そないな顔してもかいらしいだけやで?今夜は寝かさへんからな」
「なっ、またそないな廉造みたいなこと言うて!明日も仕事やろ!」
「所長からの御祝いや、あしたは午前休。」
「え、ほんま?!」
「おん、ちゅうかお前廉造にそないなこと言われてんのか」
「え?あー、あー…」
「…躾が足りひんな、★も廉造も」
「ちょ、柔造待って、っ」
20120720