50音短編企画/破局




「なんやて?!もう一篇言うてみい!」
「ちょ、柔兄声でかいわ、せやから、坊と★ちゃんが、破局したみたいやねんて」
「う、嘘やろ、あん二人が、」
「俺たちもそう思うてんけど、もう1週間も口きかんと、目も合わさへんねん。★ちゃんの話は無視されるし、★ちゃんもそうや」
「そんな、坊が★ちゃんと別れるなんてありえへんやろ…」
「いや、せやねんけどもう1週間になるし…」


終始声のでかい柔兄との電話を終えて、俺はまた溜め息をついた。

坊と★ちゃんが、おかしい。

それに気付いたのは、俺だった。俺たち四人は一緒に育って、一緒に正十字に入学し、塾に入った。中学生の頃、坊と★ちゃんは付き合いだした。ヘンタイな坊と明陀思いで男前な★ちゃんのことやから不思議はないけれど、ふたりは中学時代、付き合って二年の間、キスすらしたことはなかったらしい。
……俺にしてみたらありえへんけども。★ちゃんよお見ると別嬪さんやし、意外と胸あるし。

そうして高等部に進学して、ふたりは以前より仲良くなったように見えた。
坊は★ちゃんと結婚するんやろうなって、俺も子猫さんも思うてたし、明陀の皆も直接は口に出さずとも、そう思っとった。


その二人が、この1週間一言も話しているのを見ていない。目も合わさず、いつも一緒に通っていた塾にも、★ちゃんは女子たちと通うようになった。

子猫さんが言うには、毎朝のランニングもふたりは突然別にしてはるようやし、図書館での勉強も、別々らしい。



最初は珍しく喧嘩でもしたんかなあと思っていたけれど、二人は滅多に喧嘩なんかしないし、したとしたら見ただけでわかるくらいお互いイライラしていたり落ち込んでいたりする。今回はそれもない。

ふたりとも妙にこざっぱりした顔で、互いのことなどはなから気にかけていないような様子なのだ。



「ほんまどないなってんねやろ…」
「坊と★さんですか?」

朝の学食。坊はとっくに学校に行ってはる。


「子猫さんはどう思う?やっぱり別れたんやろか」
「別れるにしても、理由も見当たらへんし…」
「せやんなあ、坊も★ちゃんも浮気とかせえへんやろし、そんな理由やったらあんなさっぱりした顔してへんよなあ」
「なんにせよ、1週間となると長いですわ。やっぱり破局…なんやないですか」


そうして落ちるふたつの溜め息。

柔兄でさえあれや、京都は今日は大変やろな。無駄に豪勢な学食も、なんやあれからすこし味気ない。









「ーーーでは、ここからはペアで実験を行う」



悪魔薬学の授業。たまたま俺は★ちゃんとペアを組むことになった。



「えーと、ワセリンの量は?」
「ええと、あ、これですわ。こっちのんと同量で…」

顔の右側にまとめられた黒く艶やかな髪がゆるく巻かれてふわりと揺れる。★ちゃんは中学ん時とは比べ物にならんくらい、別嬪さんになったとおもう。高校の制服もよう似合うとるし、うっすら施された化粧のせいもある。最近じゃ学校のクラス内でも人気があって、幼馴染みの俺なんかはよう★ちゃんについて聞かれるようになった。でも俺は知っている。★ちゃんが綺麗なんは、坊のせいや。あん二人がどれだけ想い合ってるか、一番近くに居る俺が一番よう知っとるんやから。

……せやからこそ、今回の事は不可解なんやけども。




「……ぞ、廉造?」
「あ、え?」
「なんボケッとしてんのん、授業中やで。ほら、ヨモギ取って」
「あ、はいはい」

怪訝な顔でも突然近くで顔を覗き込まれては、いくら坊の彼女でもどきっとしてまう。真っ黒くておおきな目を真っ直ぐに見つめたくなる。

昔は変わらんかった背ェも、今は頭ひとつぶんは違う。必然的になる上目遣いに、坊はものすごく弱い。いやまあ、俺もやけど。




「後片付けはしっかりなー」

先生の声で、もう授業もおしまいな時間やと気付く。手際よく片付ける彼女を手伝って、その横顔を盗み見る。

白い肌に、長い睫毛。ほんま別嬪さんやな。唇はグロスなんて塗らずとも艶やかで、柔らかそうで触れたくなる。見た目だけでなく、中身もしっかりしとるし、何よりかいらしい。坊はほんま、ええ子に好かれはったなあ、と羨ましく思った。
凛とした横顔には、曇った様子は全く見られない。いつも通り、さっぱり快活な彼女にしか見えん。

こないだ喧嘩したときは、そう、大変そうやった。★ちゃんは泣きはらしたであろう目こそなんとか誤魔化せてはいたけれど、ずうっと泣きそうに眉が下がっていて、小さな溜め息ばかりついていた。
原因は…坊がクラスの女子に告白されたんを見てたとかなんとかやったっけ。ぶすくれた★ちゃんは満更でもなかったんやろとか言うてたけど、俺に言わせてもらえれば坊は★ちゃん以外の女子にはほんっまヘンタイなほど興味が無い。ちいちゃい頃から一緒に居るのに、坊はちいちゃい頃から★ちゃんが誰より大切な女の子なんや。



「……なんやねん、人の顔じいっと見よってからに」
「あ、ばれてた?」
「どうせまたヘンタイな事考えとったんやろ。ほんま廉造はしょうもないねんから」
「うわあ、酷いわ★ちゃん」


途端に怪訝な顔から破顔する彼女は、花みたいや、と思う。つられて俺も笑顔になった。


「な、★ちゃんほんま坊とどないしてん?」
「……よっしゃ、ほな帰ろ。廉造また明日ね」


はあ。やっぱり。


どないなってんねやろ。ワケわからんことは嫌いやけど、幼馴染みの事やからさすがの俺も気になるわ。








「もしもし」
「廉造か?!坊と★が破局てなんやねん!」
「ちょ、金兄も声デカイ…」
「何があったんや!お前坊をお守りするために付いとるのに何も知らんとは言わせへんぞ!」
「い、いや、せやからほんま心当たりもないねんて。ふたりとも妙にさっぱりしたはるし」
「あん二人が別れたら今後の明陀はどないなんねん!坊のお相手はあいつしか居らんねんで!」
「そ、それは坊が決めはることやし、★と別れたかて明陀には何の心配も…」
「あるわボケェ!」


寮に戻る途中、金兄からの電話に辟易する。
なんとか金兄を収めて電話を切るが、今度はおとんの番号がディスプレイに表示されて思わず背筋が伸びる。おとんから電話がかかってくることは、極めて稀なのだ。


「廉造、お前なんのためにお二人の側に居るんや。★ちゃんほど坊の結婚相手に適任な女性は居らんのや。和尚かて驚いてはったし、 何の理由もないわけないねんから、近くに居るお前がしっかり聞いとかんとどないすんねや。」
「あ、はあ…」
「ちゃんとした理由あってなんやったら俺らかて何も口出しせえへんわ。しっかりしとかんかいド阿呆」


おとんの電話もまあだいたい想像していた内容で。

うちのおとんと宝生家の蟒さんは僧正で、明陀に命を捧げて生きてるというても言い過ぎやない。
頭の堅いあん二人も★ちゃんのことはいつも可愛がっていたし、門徒としても一目置いていたと思う。どこぞの女よりずっとよう知っとって、明陀を愛し、信頼できる彼女こそ、坊に相応しいと思うてるんやろう。そうやなかったらこんな電話してけえへんもんな。阿呆らし、たかだか高校生の恋愛やんか。なんて、口が裂けてもいわれへんけれど。




「俺はどうしたらええねんな…」


ぽつんと呟いた声は足元の石ころに当たって弾けた。













あかん。あたまグラグラしよる。
結局昨日はほとんど眠れんかった。
責任とかは嫌いやけど、大切な幼馴染みの異変を気にするくらいの甲斐性はあるつもりやし。


珍しくいつもよりずうっと早い時間に学食のドアを開けた。
あんま腹減らんねんけど、食べなあかんよなあ。と溜め息をつきかける。



「あ……え?」

ぱちぱち、まばたきして。これが夢ではないことを確認する。


「ちょ、どういうこと」

「あ、おはよう、廉造」
「お前がこないな時間に来るなんて珍しいな」


いつも通り、向かい合って朝御飯を食べる坊と★ちゃん。あれ?なんで?昨日までの完全無視モードは?




「え、フリーズしよった」
「なんや変なもんでも食うたんやろ」
「ぷ、廉造は犬ちゃうで」
「犬でもそうやたらなもん食わへんけどな」
「ぼ、坊?あの、★ちゃんと破局したいうんは、」
「は?なんやねん破局て!竜士そないなこと言うたん?」
「阿呆、んな滅多なこと言わんわ」
「い、いやいやいや、昨日までのふたりは、なんだったて言うんですか…」
「あー、なんていうか、あれよ」
「?」



その理由は思わずヘンタイ!と叫びたくなるようなもんやったけど、やっぱりふたりが笑って一緒に居てるのが嬉しくて、抱きつこうとして坊にどつかれた腹さえなんだかいたくなかった。







破局?
(違ってよかった!)






「こないだの小テスト、お互い満点取れんでな?あかんわってことでちょっとお預けしててん」
「はあ?お預けてなんですのん」
「や、せやから最近ちょっと勉強がおざなりになっとったかなあって」
「はあラブラブし過ぎて勉強に支障をきたしたと」
「ま、昨日のは満点やったし、ええかなって解禁してん!」
「解禁て、ナニを」
「せやからあ、」
「…★、もう黙り」




20120719




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -