50音短編企画/ブラザーコンプレックス


※勝呂姉









「はあああああ……」
「お嬢、幸せが逃げますえ」
「ええねん…もう私の幸せなんてたかがしれとる」
「…んな大袈裟な、坊が進学しはるだけやないですか」
「ただの進学ちゃうわ、上京やもん…」
「せやし坊が自分で決めはったんやから、喜んであげはったらええやないですか」


さっきからこの世の終わりみたいな溜め息をついてはるのは、勝呂家の長女★。俺の同級生で、極度のブラコンや。

昼間、明陀の上層部が集められ、坊、もとい座主血統の勝呂家の長男竜士さまが正十字学園へ進学することが発表された。
驚く者もいたが、責任感の強い坊の性格と既に上二級祓魔師である姉を思えば当たり前とも言えよう。

しかし当の姉は可愛い弟と離れるのが我慢ならないらしく、まだ日も暮れきる前から俺を虎屋に呼び出して自棄酒に走っているというわけだ。


「大体お嬢が立派な祓魔師になったからこそ、坊がお嬢に憧れはったんでしょう。嬉しゅうないんですか?」
「嬉しゅうない、わけ、や、ない…」


尻すぼみになりながら呟いて、またぐい、と酒をあおる。
その白い喉に視線が釘付けになる。


「せやったら、お嬢も坊を笑顔で応援してあげはったらええんですよ」
「竜士が、悪魔になんて関わらんくてええように、祓魔師になったんに…」
「それ、坊も言うてはりましたよ。姉貴に守られてばかり居られへん、俺かて明陀の、姉貴の力になりたいんやって」
「なんやの、それ…」


ずるいわ、と呟く声が僅かに震えていて、見ると瞳が今にも溢れそうな涙で膜を張っていた。

この姉弟は、本当に似た者同士だ。

責任感の強いとこ、意地っ張り。へんなとこで言葉足らず。


「柔造っ、おかわり!」
「ペース早ないですか」
「ええねん、今日は飲むんやから!柔造もがんがん飲み」
「はあ、そうですか…」


彼女のお気に入りの日本酒は、東北の銘酒。

とぷんと注げば、またぐいと一気にあおる。おっさんみたいな飲み方やのに、こん人やとやけに色気があってあかん。


「竜士は、私に守られとったらええねん…」
「はいはい」

真っ白な頬が仄かに赤く染まり、目を潤ませて呟く彼女は、普段から和尚に代わり明陀を纏め祓魔二番隊を率いて悪魔を薙ぎ倒しているとは思えない。

どっちかというと、悪魔なんて知らんただの23歳の女の子に見える。

歳の離れた唯一の弟、父親に任せられん明陀の門徒達、色んなことをひとりで背負っていつも凛としているお嬢は、今日は珍しく居ないらしい。



「なあ…★?」
「…なんやねん、珍し…」
「坊は正十字へ行く。もう15になるんやし、子猫や廉造も居るし、坊は一番しっかりしたはるから心配は要らんと思う」
「そんなん…わかってるわ…」
「せやし、★はもうちょい力抜いてもええんちゃう?」
「…なんでよ」
「ちょっとは弟離れせえゆうこっちゃ」
「あかんよ、竜士は私のたった一人の弟やもん…」
「いつまでもそんなん言うてたら、坊かてなんも自由にできひんやん」
「…」
「坊の将来や、坊が決めてええやないか。もう子供とちゃうんやで」
「う、」
「う?」
「じゅうぞ〜っ…!」
「…よしよし」


坊が居らんのをいいことに昔みたいに呼び捨てて、ちょっと諭してやったら彼女の涙はあっさり決壊して。

酔っぱらってて、なんや良かったわ。


「う、っく、」
「泣いたらええねん、なんでもかんでも一人で溜め込むことないんや」


そうっと手首を引けば、細い身体は俺の胸に収まった。

…なんであんなに強いのに、こんなに柔らかくて小さいんやろ。

黒髪から香るあまい香と、己の胸に当たる柔らかい彼女の胸。小さくしゃくりあげては肩を揺らして、いつものお嬢とはえらい違いや。あかん。なんや体熱なってきたわ。酔いのせいにしてまおか。


「★…」
「じゅ、ぞ…」

至近距離で視線がかち合う。涙で濡れた長いまつ毛がつやつやと光る。

もうええよな?何年も耐えてきよったけど、これはさすがに我慢ならんで、


「★…俺、」
「ん…」


とろんとした目に吸い寄せられて、頬に手を添えその紅い唇を親指で撫で上げた、瞬間。



「………何しとんのや、柔造」
「ぼ、坊、」
「竜士!」

俺の背中に刺さる殺気に、やむ無く彼女を手放した。



「なんであんたがここに居るのん?」
「おかんの旅館に俺が居って何が悪いんや。ちゅうかな、姉貴、柔造になにされとんのや」
「え?なにもされてへんよ?お酒飲んでただけやんか」
「……柔造」
「はい、?」
「俺が祓魔師んなって帰ってくるまで、姉貴に指一本触れたらあかんぞ」
「え、え?」
「なんやねん竜士、私が心配なん?」
「当たり前やろ……こん酔っ払い」
「!!やっぱり姉ちゃんあんたが一番好き!」
「ちょ、離れんか酔っ払い!!」





ブラザーコンプレックス
(俺は被害者やな…)




「あ、でもなあ竜士」
「なんや」
「柔造に触られへんのは姉ちゃんちょっと無理かもわからへん」
「なんでや、柔造に何されるかわからんのやで?!」
「せやかて、私柔造やったらええもん」
「え、なんやて★?!」
「こん酔っ払いが……柔造!!姉貴を呼び捨てるんやない!」




20120709




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