50音短編企画/謝罪




俺はとことん阿呆や。


視線の先、てきぱきと魔障者の手当てをするひとりの女性は、かつて恋人だったひと。名は★。優秀な医工騎士として務めているが、手騎士でもある中一級祓魔師。それが彼女の肩書きだ。


「 」

彼女の口が動く。手当てを受けていた男がにこりと笑い、つられるように彼女もふわりと笑った。

胸を鷲掴みにされるようなどす黒い感情は、単純な嫉妬。

俺以外の男にそんな顔したらあかんて言うたやろ。
そうしてすぐに、そんなこと思う資格もない自分に気付いて苦笑する。


俺は…ふられたんやったな。



思い出すのは、いつもより多分な涙の膜で不安げに揺れる彼女の瞳。


「柔造さん、」
「★か、どないしてん?」
「昨日、何処に居はりました?」
「…仕事やったで?」
「その後です、」
「真っ直ぐ家に帰ったけどなあ。なんかあったんか?」
「……私、見たんです」
「え?」
「昨日、私お休みやったけど、忘れ物してもうて…どうしても必要やったから、終業頃に出張所へ行きました」
「…おん」
「もうほとんどの人が帰ってはりましたけど、祓魔1番隊の職務室の灯りがついとって」
「…」
「消し忘れやろうか、って、近くに行ったら、戸が、すこし、開いてて」
「…★、」
「見るつもりなんて、なかったんですけど、中に、柔造さんと、女の人が、」
「ちょお、待、」
「抱き合って、はりました、仲、良さそうに…」


静止を込めて呼んでみても、彼女は止まらなかった。ふるふる震えだす声で、それでも凛と俺を見て。


「あれはやな、その、なんや、好きやって言われてんけど、断ってやな…」
「断った相手と、あないなふうに抱き合って、キスまでしはるんですか」


俺にはもう言うべき言葉がなかった。


確かに前日、俺は職務室でよく名前も知らん所員とキスをした。
好きだと告白されて、俺には恋人が居るからと断った。そしたら、彼女は泣き崩れてどうにも場が収まらなくなった。慰めるように抱き締めたのは、俺のいい人ぶりたい癖からやった。
せやけど、そのひとは手を俺の背中に回し、ひどく色っぽくキスをしてきた。それにほんの少しも欲情しなかったといえば、それは、嘘だ。


つまり俺は、いくら★を愛していても、ふられて仕方ない事をしたのだ。


「わかれて、ください」
「ちょお待ち、」
「もう、無理ですから、堪忍してください」
「★…」


最後まで、その涙は膜のままで堪えていた。
謝ることも出来ないまま、彼女は俺にちいさな背を向けた。






「……」

思い出して、また眉間に力が入る。視線の先の彼女は、手当てを終えた男とまだ話していた。


あのあと俺は激しく後悔して、その日は食事も喉を通らなかった。弟たちに心配されても、考えるのは彼女の涙を溜めた瞳だけ。
俺に背を向けたとき、あの涙は溢れたんだろう。

俺が悪い。

わかっているのに謝りにすら行けないのは、また彼女に拒否されたら立ち直れそうにないからだ。
どこまでも自分本意だ、自分がこんな奴やとは知らなかった。

でも、彼女にまた拒否されたら、俺は彼女に何をするか分からない。自分だけのものにしようと、我を失うかもしれない。そんなことには、絶対に出来ないのだ。



「……ですか?!やった!」

男の声が不意に大きくなって、俺にも届く。そうしてまた二言三言交わして、やっとふたりはわかれた。

彼女は笑って手を振っていた。



「お、手当て終わったん?」
「おん!なあ、聞いてや、俺★さんとご飯行く約束取り付けてん!」
「はあ?!それほんまか?!」
「ダメ元やってんけど、ご飯くらい全然構わないですよって!」
「なんややっぱり破局した言うんは本当やったんやな」
「せやろな〜あかん何着てこ?めっちゃ楽しみやなー」

ちょうど向こうから来た別の所員と、声高に話す男は俺には全く気づいていない。


通りすぎて声が聞こえなくなるまで、俺は聞き耳をたてていた。そうして、熱をあげる身体の芯がすう、と冷えていくのを感じていた。

片付けを進める彼女の元へ、歩みを進めながら。







謝罪
(たとえ返事がやはりノーだったとしても、)





20120707




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