50音短編企画/火曜日



火曜日は、自炊する。


独り暮らしを始めて間もない、まだ料理が苦手だった頃決めたマイルール。とにかく不器用で、母が料理上手だったこともあり、わたしは料理なんてしたことなかった。だから毎日パンやレトルト、作るのなんてレタスサラダな生活で、これではいかんと思って決めたことだった。

いまとなっては懐かしい。

母の料理上手がDNAに組み込まれていたか定かではないけれど、私は割と料理が好きになった。
いまではほとんど自炊している。

なのにそんなマイルールを思い出したのは、単に今日が火曜日だからだけではない。


「楽しみやなあ!」
「…なんや緊張するわ」

独り暮らし用の手狭なアパート。キッチンから見てとれるリビングスペース兼寝室には、恋人が嬉々として座っている。


「★の手料理、初めてやもんなあ〜」
「それ十遍は聞いたわ」

にっこにっことすこぶる機嫌の良さそうな彼は、交際して半年になる志摩柔造。
なんだか大きな声では言いにくいが、職場恋愛である。

小さめのフライパンの中の鯖の切り身に、スプーンで味噌をかけてやりながら思い出すのは先週の彼。




お昼休憩中、わたしが務める祓魔2番隊の職務室へ血相変えて飛び込んできた恋人に、眉をひそめた。

「★!どういうこっちゃ!」
「じゅ、柔造?どうかしたん?」
「なんで蝮が先なんや!」
「はい?」
「なんでまだ俺も食べてない★の手料理を、蝮なんぞに食わせたんや!」
「……はい?」


柔造が祓魔2番隊の職務室に飛び込んでくる何分か前。虎屋に仕出しを頼んでいた彼は受け取りに出た際蝮ちゃんと鉢合わせになった。

いつものように口喧嘩になりかけた時、蝮ちゃんが(柔造曰く)勝ち誇った顔で、「私、こないだ★の家で手料理ご馳走になってん。めっちゃ美味しくてびっくりしたわ。あんたまだ食べたことないんやろ?愛されてないんやなあ」と笑ったらしい。

確かにその前の週末、蝮ちゃんと買い物に行った帰りに本を貸そうとアパートへ来てもらった。
お腹が空いたけどまた食べに出るには天気が悪いということで、簡単ながら私が料理したのだ。


「★、俺のこと愛してんねやんな?」
「なんやの柔造、ここ職務室やで…」
「今度の休み、★ん家行くからな」
「え、でも今度の休みは映画見に行くて、」
「そん後や!どうせ泊まるつもりやし、★の手料理楽しみにしとるからな!」
「え?ていうか泊まるん?」

真っ昼間の職務室。そう言い残して「午後も気張りや!」と爽やかに去っていった柔造に重い溜め息をついたことは、ぽかんと見ていた2番隊の隊員しか知らない。

あのときの恥ずかしいことといったら。




思い出してもいたたまれなくて、思わずひとり苦笑する。リビングで待つ彼は相変わらず上機嫌で、まるで好物を待つこどもみたいだ。


「なー、出来た?」
「もう少しやで、お箸並べて」
「!…おう!」

やっぱり和食が食べたいと言った彼に、今日は鯖の味噌煮と大根と豚バラの煮物、箸休めにほうれん草のお浸しと、ご飯とお味噌汁。どれも私の好きなものだからよく作るけど、恋人に食べてもらうとなると緊張した。

お箸を二膳と布巾を渡せば、満面の笑みの彼が受け取ってローテーブルを拭きあげお箸を並べてくれた。今日はとにかくいつも以上に笑ってばかりの柔造に、つられたように笑顔になった。


「よっしゃ、ええで」
「うーわ!めっちゃ旨そうやな」
「お口に合うたらええねんけど…」
「ほな、頂きます!」


ぱん、と丁寧に手を合わせた彼に、どうぞとわらう。なんやろ、おかんてこんな感じなんかな。


つやつや光る鯖の味噌煮が、彼のお箸に崩されていく。

あかん、なんか緊張する!
美味しくなかったらどないしよう?


「……」
「……」
「……ど、どない?」
「……」

問い掛ける私に答えないまま、柔造が煮物を一口食べる。
あれ?やっぱり口に合わんかったんやろか?と一瞬で頭を占める不安。そうしている間に、彼はお味噌汁を一口飲んだ。


「……」
「……」
「……柔、造?」
「★」
「っえ?」

至極真面目な顔で彼がかたんと箸を置く。
あかん、やってもうたなこりゃ。
食われへんとか言われるんやろか。こんなんでふられるとか笑われへん。


「やっぱり口に合わ、」
「★」
「…なん?」
「俺と結婚してくれ」
「………は?」





火曜日
(胃袋掴まれました)





「おう蝮!俺も★の手料理、食うたで!」
「…にやにやしよってからに、気色悪」
「めっちゃ旨かったわ!あれはあれや、愛情こもってたからやな。お前が食うた★の手料理よりもっと旨かったに決まっとるわ」
「頭大丈夫なんかあんた。私の方が愛情こもってたに決まってるやろ」
「いやそれはないわ。手料理食うたあとで★もしっかり食うて、」
「黙って柔造。もう作らへんよ」
「……すまん」
「(……なんや手料理で手懐けよったんか★)」


20120705




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