50音短編企画/保健室


※学園時代捏造注意











「……よし、と」

ノートパソコンを閉じて、軽く伸びをした。保健だよりはこれでよし。椅子にかけていた白衣を羽織って、備え付けられた小さな水道から電気ケトルに水を組む。インスタントコーヒーをマグにいれて、ケトルが沸騰を知らせるのを待っていた。



ーーーガラッ


「★!」
「先生をつけなさい、志摩くん」
「あかん、めっちゃ頭痛いねん!」
「…頭痛い人はそんな大声出せません」


午後の授業が始まったばかりだというのに、騒がしく入ってきたのは眩しい金髪。志摩金造くんは、ここの生徒だ。



「せやかて、ほんまに頭痛いんやもん」
「…とりあえず座って、体温計して」


いつからか入り浸るようになってしまった困った常連さんであるが、真っ直ぐ純情というか、直球過ぎて単純というか、まあ可愛い生徒だ。



「めっちゃ涼しいなー保健室。気持ちええ」
「教室だってエアコンついてるでしょ?」
「せやけど、ここのが涼しいもん」
「はぁ……また寝に来たんでしょ」
「ちゃうわ、★に会いに、…じゃなくて、ほんまに頭痛かってん」
「……」


溜め息を隠さず落とせば、わたわたする彼がなんだか可愛らしくて思わず苦笑する。

その時、体温計の予測終了を知らせる電子音と、ケトルが沸騰して通電終了したことを知らせるカチッと軽い音がした。


「……37.4℃?微熱ね」
「ほら、熱もあるし、休んでってもええやろ?」
「仕方ないなあ…」


途端に顔を綻ばせる彼を、まるで人懐こい大型犬みたいだと思った。

一瞬迷ってから、マグをもうひとつ取り出す。


「志摩くん、コーヒー飲む?」
「え、ええの?!」
「インスタントだけどね」
「飲む飲む!飲む!」


ほらやっぱり、大型犬。

元来の動物好きが影響しているのかいないのか、私はどうもこの生徒に甘い。さぼり目的の生徒にコーヒーをいれてやるなんて。


「はい、ミルクと砂糖はご自由に」
「お、おおきに…!」


★がいれてくれたコーヒーや…!と最早心の声を口走っている彼はやっぱり単純だ。



「志摩くん、」
「え?」
「志摩くんてなんでこんなしょっちゅうさぼってるの?前任の先生には聞いてなかったから、今年に入ってからでしょ?」
「あー、まあ、うん」

悩みを抱えやすい多感な生徒は、保健室に助けを求める子も多い。前任の先生が産休に入る前に、そういった理由で入り浸る生徒については大方聞いていた。
けどそのなかに、志摩くんの名は無かった。わたしが着任して暫くして、保健室通いに熱心になった男子生徒。

何も気付かない訳じゃないのに、こんなことを言うわたしは意地悪な大人だとおもう。


「なにか、クラスで悩んでるとか?」
「いや、そういうわけやないねんけど…」
「相談なら、いつでも乗るよ」
「おん…」

途端に居心地悪そうに、金髪をぼりぼり掻く志摩くん。


「あんな?俺、好きなひとが居んねん、けど」
「うん」
「好きやって、言われへん、っていうか、言うたらいかん、っていうか、」
「なんで言っちゃいけないの?」
「……大人やし、先生やし」

床を泳いでいた視線が、かちりと合った。



「……」
「……」

唇に指で触れて、彼の視線を奪って。


「言っても、いいのよ?」
「!」


笑うわたしは、やっぱり意地悪な大人だ。






保健室





20120704




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