50音短編企画/露呈



はあ、なんであないにかいらしいんやろう。


京都出張所。神聖なる仕事場で、俺はいまたったひとりの後ろ姿に釘付けになっていた。團服でぱたぱた走り回るちいさな背中。黒く艶やかな髪は、器用に結われている。


「★さん、これ、こっちでええですか?」
「うん、資料はあいうえお順に並べてな」
「★さーん!この予備の團服えらい埃かぶってますけど、どないしましょー?」
「待ってて今行く!」

あちらこちらから彼女を呼ぶ声がする。それに律儀に答えながら、あっちへこっちへそのちいさな背中が走っていく。


今日は出張所の大掃除。だが祓魔をほったらかして総動員で整理に掃除、とはいかず限られた人員のなか、彼女はその仕切りを任されていた。


「★さん、こんなんでてきたんですけど…」
「あー、これは保留やな、所長に聞いとくわ」

「★さん、」
「★さーん!」


俺は今日は通常業務やから、こうして遠巻きに見ていられるわけやけど。あんまり忙しそうな彼女に思わず苦笑する。


「頑張っとるなあ…」

忙しそうながらも、彼女は楽しそうだ。掃除とか整理とか、好きなんかなあ。


袖を捲って白い腕がさらされて、思わずごくりと息をのむ。
きれいなうなじに、わずかに赤みのさしている頬。くるくるよく動く大きな目。ああ、ほんまかいらしい。あの細い腕を引いて、この胸に抱き留めて、髪を撫でたい。


なあんて、爽やかな隊長さんで通ってる俺には、絶対いわれへんなあ…














夕方、簡単な任務を終えて出張所に戻ると、すっかり昼間の喧騒は落ち着いていた。いつも以上に丁寧に磨きあげられた床に、口許が綻ぶ。

自然と★を探してしまうのも、もう慣れた。


「…ん?」


夕焼けに染まる縁側で、柱にもたれて座っているちいさな背中。見間違うはずもなく、彼女だった。


「★?」
「…」

そっと呼んでも返事はなくて、隣にしゃがんで顔を覗きこむ。


「…なんや、寝てたんか」

愛しいひとの健やかな寝顔に、おもわず顔が緩んだ。

疲れたんやろな。気張ってたもんなあ。


あどけない寝顔はほんまにかいらしい。普段はきれいな顔やのに、寝顔はこどもみたいや。
お疲れさん、と思うと自然と、手は彼女の頭にのびていた。


「…」

昼間と違っておろした髪は、つやつやでさらさらで。自分の硬い髪とは作りが違って、そんなとこにまでどきどきと反応するこどもみたいな心臓に苦笑する。



「あれ?柔兄?」
「、金造!」

背後からかけられた声に思わず肩が僅かに跳ねる。それでも大声を飲み込んで、弟にしいー、と指をたてた。


「え?★、寝とんのか」
「おん、今日は気張ってたからなあ」

こそこそ、縁側で交わされる囁き声。
大丈夫、彼女は起きてない。


「くく、なんやいっつも生意気やのに、寝てるとかいらしいなあ」
「そんなことないわ。★はいっつもかいらしいで」

金造は彼女と同い年なせいか、俺より仲が良い。軽口を叩く弟に、おもわずすこしむきになる。


「ほんま柔兄は★に甘いなあ。俺がこないなとこで居眠りしてたらどないするん」
「そらまあしばくやろな」
「…★やったらそんな優しく頭撫でんのに?」
「ええやないか。今日は気張ってた言うたやろ」


弟は、俺の片想いを知っている。彼女がぐっすり寝入っているのをいいことに、俺はそのちいさな頭をなで続けた。


「そないに好きなんやったら、さっさと好きや言うたらええのに」
「…やかましわ」
「★、最近けっこうモテるみたいやで?今日の掃除班に居った連中も、なんとか★誘われへんかなあとか言うてたし」
「なんて名前や、そいつ」
「…そないなこと言うてんと好きや言うてしもたらええんや。柔兄らしくないわ」
「わかっとんねんけど、俺今回はほんまに本気やねん。振られたら立ち直れん」


ド阿呆はなんでもかんでもストレートや。
言われて気付く、ほんまに俺らしくない。


「そんときはそんときやろ」
「あかん。★に振られたら俺仕事もままならん」
「…どっぷりはまっとるな」
「せやねん…」

兄弟で頭を抱えた、その時。


ぐうう、

聞こえたのは、腹の虫。


「「?」」

「………っ」


兄弟で見合わせた顔が、さっと青ざめる。
だってお互いでないなら、その主はひとりだけだから。


「★、おきとったんか、」
「……あないに何回も名前言われたら、起きるわ」


金造があちゃーと顔を歪めて、俺はいまだ彼女の頭に乗せたままの手を急いで引っ込めた。

あかん、あかんて。
全部聞かれてたとか、ありえへん。






露呈
(ばれちゃった)





「★?あの、俺、」
「(柔兄!男見したり!)」
「柔造さん、」
「う、うん?」
「ふたりで…お話しませんか」
「!お、おん!」




20120703




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