シーツに乗って旅をしよう






現パロ/キメ学軸







柔らかく陽の当たる大きな窓の傍に据えられたリクライニングチェアには、いつも彼女の気に入りのクッションが鎮座している。休みになるとは早々と家事を片付け、丁寧に淹れたコーヒーをマグカップになみなみと注いで彼女は其処へいく。丁度いい塩梅の高さの小さな丸椅子をテーブル代わりにマグカップを置いて、自身はリクライニングチェアに深く腰掛け、さも至福といった息をひとつ落として本を開くのだ。
夢中になればそのまま寝食を忘れて読み耽り、睡魔が訪れれば抗うことなくそのまま寝入る。今日はどうやら後者の方らしい。手にした単行本は半分も読まないまま膝の上に置かれて、子供みたいに目を閉じて寝息をたてている。


「…なんだ今日はおねむか?」


不意に部屋へ入ってきた大柄な男は、その姿を見つけてふ、とすこし笑う。あどけない寝顔はいつもの凛とした雰囲気を脱ぎ去って、柔らかく可愛らしい。
そこのソファに畳んであったタオルケットを掛けてやろうと近付くと、膝の上でついに閉じてしまった本の表紙が目に入る。


「……えぐそう」


すやすやと愛らしい寝顔をさらす彼女の膝の上にあった単行本はしかし、おどろおどろしいフォントが躍る、どうやらホラー小説らしい。
そうっとその本を取ってタオルケットを掛けてやり、宇髄はふと思い立って彼女のチェアの横、床にそのまま胡座をかいて本を広げた。

彼女は本の虫だ。忙しいとあまり沢山時間は取れないけれど、休みの日や定時で帰れた夜なんかはいつも夢中で本を読んでいる。好みの作家もいるようだけれど、大抵は本屋で目に付いたものを購入したり図書館で借りたりする。ジャンルも様々だが、時折こうしてきつそうなホラー小説を読むのだ。刺激が足りん!とかなんとか言って。
宇髄は画家であり、私立校で美術の講師もしている。だからやはり多忙だし、彼女と暮らすマンションのこの部屋の隣に借りたもう一部屋に篭ることも多い。その一室は宇髄のアトリエだった。特に個展前やら筆が乗ってる時なんかは彼女の事は放ったらかしになる。それでも文句一つ言わず、むしろ好都合とばかりに彼女は静かに本の世界を旅している。
詰まる所、二人はなんだかんだでとても上手くいっている。


「ーーー…」


今日はあいつ休みだな、と、宇髄は昼前にアトリエから出て来たのだ。急ぐ作業も無いし天気も良いし。たまには二人でどっか行くかなんて考えながら。

それが気に入りのチェアに深く沈んで眠る彼女の手から、何の気なしに開いてみたこのホラー小説。読み始めてみたら案外と面白い。
文章も小難しくなくて好きな感じだし、何より見開き1ページ目から派手な事件が巻き起こる。宇髄は活字から目を離さず、彼女の飲みかけのコーヒーをすする。
開け放たれたままの窓から風が吹いてカーテンを揺らす。

宇髄も本は好きだ。生温い恋愛小説や堅苦しい政治や歴史のテーマは苦手だが、活字は嫌いではない。久しぶりに手に取る単行本の紙の感触が手に気持ちよく、次々と読み進めていく。
気が付けば時刻は昼をとうに過ぎていた。


「……ん、てん、げん?」
「うお、びびった」


床に座り込んでいた宇髄が肩をひくりと震わせた。隣で彼女が眠っていることも忘れて、すっかり物語の世界に入り込んでいたらしい。



「帰ってきたなら声かけてよ、」


んー、と彼女が両腕を上げて伸びる。


「悪ィ、よーく眠ってたみたいだから」
「ん、よく寝た。それ、面白い?」
「うん、読み始めたら止まんなくなった」
「そうそう、帯にそう書いてあった」


私寝ちゃったけど。と彼女がいたずらな笑みを浮かべる。
昨夜は遅くまで残業だったのだから致し方ない。宇髄は本を閉じて、彼女を真似るように伸びをした。


「…もういいの?」
「ん?どうせお前すぐ読んじゃうから、次貸して」
「ん」
「俺は今度はこっち」
「ん?」


よっこいせ、と立ち上がった宇髄が、チェアに座ったままの彼女の前に立ちはだかる。常時から見上げねばならない大男だ。でかいなあ、と彼女は自然と上目遣いになってその美しい瞳を見上げる。


「俺も構って、たまには」
「…っ、」

宇髄がチェアに膝をついて、覆い被さるように彼女の唇を奪う。片膝と片手はチェアに、もう片手は彼女の頬を包み込む。大きな手からわずかに絵具の匂いがして、続いて彼の香りがふわりと香る。
不安定なチェアが、きし、とすこし軋んだ。


「…ん、今日はもういいの?」
「おう、今日はお前が欲しい気分なの」
「ふーん?」
「どっか出掛ける?」


元よりそのつもりで戻ってきたのだ。宇髄の色素の薄い髪が、高く昇った陽に照らされてきらきらと輝く。
彼女の腕がゆっくり伸びて、彼の首の後ろに回された。


「それもいいけど…」
「うん」
「まず、こっちかな…」
「……なにそれ、かーわい」


甘えるように頬に口付けてくる彼女が愛おしくて、宇髄の口角は上がりっぱなしだ。


「じゃあちょっと充電すっか」
「ふふ、いいね」
「よっし、」
「え、ちょ、天元、」


いたずらな笑みを浮かべた宇髄が、太い腕を彼女の膝裏に回してチェアから抱き上げる。驚いた彼女が焦って首に掴まれば、至近距離でにやりと笑む美しい顔。


「充電、な?」
「ん…?」
「ベッドがいいだろ?ここでもいいけど、俺は」
「は…いや、私別にそういう意味じゃ、」
「はいはい」


成人女性を軽々抱き抱えたまま歩き出す宇髄に、彼女がわずかに焦った声を上げる。だってこのままベッドに直行してしまったら今日はお出掛けどころじゃなくなるのは明白なのだ。


「お前が誘ったんだけど」
「誘った覚えはない」
「いーや誘われたね」
「えー…」
「いいから頂戴」
「ん、?」
「俺は今すぐ欲しいの、名前が」
「……っ、」


抱き上げられたまま熱く口付けられて、ベッドに下ろされたら艶然と微笑む美しい瞳に見下ろされ。名前は言葉を飲み込んだ。





シーツに乗って旅をしよう






 







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