静謐を焦がす瞳







その美しい瞳はいつだって燃えている。猛禽類を思わせる大きくてまるい目に捕われると、食われる側は黙ってその身を差し出すほか道はないのだ。そうして私は今正しく捕われている。


「え、炎柱、さま」
「随分と他人行儀に呼んでくれるのだな、名前」


掴まれた手首に感じる体温があまりに熱い。炎の呼吸の使い手は皆体温まで高いのだろうか、と現実逃避するかのようにぼんやりと考える。


「だって、まだ任務中です」
「鬼なら斃した」
「そ、れは、そうですが、」
「俺は君に聞いているんだ、名前」


その燃え盛る炎のような瞳で真っ直ぐに見つめられると、たちまち私の心臓は焦れてくすぶりだす。
時刻は草木も眠る丑三つ時。朝陽はまだ遠く、夜闇は咽せ返るほど濃い。この世界で息をして、また声を発しているのは自分と彼だけではないかと錯覚してしまうほどにひたすら静かだ。


「また自らを犠牲にする戦い方をしたな」
「……それは、」
「あれほど言ったというのに君には伝わらなかったわけだ」
「…すみません」


いつもハキハキと大きな声で話す彼が、眠る草木を起こさぬように声を潜めているかのごとく。低く静かに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。然しそれは、彼、煉獄杏寿朗が怒っていることの証であった。
燃え盛る瞳はそれでいて、背筋が凍るほど冷え冷えとした怒りを孕んでいる。


「名前」
「う…はい」
「君の稀血は強力だ。不死川のと同じくらい」
「…はい」
「血を流すなと、言ったな」
「……ごめんなさい」


私の血は、鬼を引き寄せる。風柱様の稀血は鬼を酩酊させるが、私のそれは陶酔させる、と言った方が近い。熱に浮かされたように鬼を引き寄せ、また視野を狭窄させる。うすぼんやりした鬼の動きは緩慢になるから、それを狙って頸を確実に狩ることが出来る。しかし意識を失わせるわけでは無いので、所詮は隙を作る小手先の目眩しにしかならない。
量を誤れば逆に興奮させる事になりかねず、諸刃の刃であるからこそ、彼は尚更私が故意に血を流すことを固く禁じた。


私の手首を掴んでいるのと反対側の大きな手が、不意に私の頬を包むように触れる。
戦いの最中受け身を取り損ねてできた擦過傷を、彼の親指がすり、と撫でる。流血、というほどの血は出ていない。そこは。



「包帯はあるか」
「あ…はい」


ようやく手首を解放されて、包帯を取り出して。
無言でそれを私の手から取り去った彼が、私の左腕を取って巻き始める。愛刀で傷付けたそこは、細く紅い線になっている。


「名前」
「…はい」
「もう辞めてくれ。君は血に頼らずとも強くなったはずだ」
「はい…ごめんなさい」


巻き終えた腕をそっと下ろして、彼のまるい瞳がまた私の目を真っ直ぐに見る。それはいつもの燃えるような美しい瞳なのに、今度はとても悲しげに見えた。

−ああ、叱られるより悲しまれることの方がずっと辛い。


「……杏寿朗さん」
「…うん」
「ごめんなさい。もう…しません」
「そうしてくれ」
「あと…助けに来てくれてありがとう」


自分が痛いより、死ぬより。この人が悲しむことの方が、ずっと辛く苦しい。


「いつも助けに来られるわけじゃ無いが、俺は君を信じている」
「…はい」


そうしてやっとすこしだけ笑った彼につられて微笑んだつもりだったのに、不思議と私の目からは涙が一筋落ちるのだった。

草木も眠る丑三つ時。月が雲に隠れてそこら中が暗闇に満ちたとき、彼の熱い唇がわたしのそれに重なった。









静謐をがす瞳



「帰るぞ」
「え、」
「なんだ?」
「杏寿朗さんの任務は、」
「とうに終えてきた!それに火急の用も出来たしな」
「ご用が?」
「そう。…悪い子には仕置きをしなくては」
「……へ」
「急ぎ帰ろう!行くぞ名前」
「待っ、自分で歩けます、っ!」
「待ってやるとでも?」














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