秘密の色は無色透明










鬼殺隊雪柱、苗字名前と言えば、切れ長の目が妖艶な雰囲気を醸し出す麗人である。すらりとした体躯に黒い袴を着け、流れるような美しい黒髪を後ろで束ねたその姿は女人と見紛うほどだ。
女性のような名を問われれば決まって、「私の母がどうしても娘が欲しかったようでね」と儚げにわらう。
少ない女性隊士の憧れを欲しいままにし、なかには彼を見て男色の気に目覚めてしまう男性隊士もいると言うのだから恐れ入る。
やたらとお喋りなわけではないが無口でもない名前は柱連中とも仲良くやっているが、不思議なことに皆の輪からいつも一歩引いている水柱と共に居ることが多い。大した会話も無さそうなものだが、背格好の似た二人が並んでいるとお揃いの髪型も相まって、どこか兄弟のようにも見えてしまうのだった。


「冨岡、夕飯を食べに行かないか」
「…またか、名前」
「先日の任務でね、旨い食堂を見つけたんだ」
「一人で行けばよかろう」
「それがそこの店、品書には載っていないが鮭大根を出すらしい」
「……」
「店主の好物だとかで、めっぽう旨いと評判なんだ」
「……行くか」


あ、また雪柱が水柱を誘ってる。
目撃した隊士はご相伴に与りたいものだと人知れず涙を飲む。水柱いらないから。雪柱とご飯食べたい、俺も。なんなら鮭大根じゃなくて酒を呑み交わしたい。そんでべろべろに酔わせてみたい。酔った雪柱、綺麗だろうなあ…

良からぬ妄想を繰り広げるのも無理はない。あの長いまつげに縁取られた切れ長の目に見つめられて、平気な人間なんて居ないのだから。
あの艶やかな髪を撫で、いつも着けている白地の雪の結晶のような模様のついた羽織と襟巻きを取り去って、真白い頬に、頸に、触れてみたい。きっといい匂いがするだろう。
そんな邪な視線を物ともせず、雪柱は水柱と仲良さそうに歩いて行ってしまうのだった。








「ね、旨かったろう?彼処の鮭大根」
「まあ、悪くなかった」


ところ変わって水柱邸。結局大盛りで三回お代わりして腹の膨れた冨岡に、名前が美しく唇を歪めてわらった。


「君が喜んでくれて、良かった」


名前が心底嬉しそうに微笑む。冨岡はそれをじろりと横目で睨みつけた。


「なあに、冨岡」
「…お前が俺を夕飯に誘った時に近くにいた隊士」
「うん?」
「随分熱烈な視線を向けていた」
「そう?」
「…わざとだろう」
「そんな、誤解だよ冨岡」
「いけ好かない」


今夜は珍しく、二人とも非番であった。
夜の闇は静かに立ち込め、邸の一室だけがほの明るい。そうして自分より少し背の低い名前を、冨岡は至近距離で睨め付ける。
元来表情の乏しい彼だけれど、それは怒りというより、わずかに拗ねているような面持ちで。


「お前は俺のものだ」


二人の距離がほとんど零になる。
冨岡の片手が名前の背に伸び、結い紐を引っ張る。さらりと流れる黒い髪から、わずかに甘い香りを感じた。


「ふふ、本当にやきもち妬きだね、義勇は」


冨岡はうっとりと微笑む名前の頸に手を伸ばし、襟巻きを取り去っていく。真白い喉は細くなめらかだ。妙齢の男なら少なからずあるはずの喉仏は見当たらない。


「当たり前だ。自分の女が好色の目で見られていい気はしない」


その白い首筋に顔を埋め、冨岡がやはり拗ねたように呟く。
そう、名前は女人のような男ではなく、正真正銘女であった。しかも水柱冨岡義勇の恋人だ。
女にしては上背があるし、身体も鍛えている。胸はさらしで潰しているから、痩躯の男でも通ってはいる。だけれど冨岡と二人の時は、名前とてただの一介の女であった。



「大丈夫だよ義勇。私には貴方しか見えてない」



どこか熱っぽい視線ですぐそこにある冨岡の双眸を見上げれば、更に熱い視線が降って来てたじろいでしまう。
普段無口で言葉数が絶対的に足りない冨岡だが、目は口程に物を言うとはよく言ったもので。
そこには嫉妬と熱い劣情が灯っているのが見て取れて、名前はまた妖しく微笑んだ。

ほんの一瞬、冨岡の唇が名前のそれに重なってすぐに離れる。わずかに蕩けた彼女の表情は美しい。



「ああ、そうそう」
「…」


このままなし崩し的に掻き抱いてしまおうと肩を掴みかけた冨岡の手がぴくりと止まる。名前は蕩けた表情は何処へやら、さも楽しそうに話し出す。



「私の鴉がこんな噂を聞いて来たんだ。雪柱が水柱をとっ捕まえて、夜な夜な喰っちまうって話」
「…夜な夜な」
「なんで私が喰っちまう側なのかね」


ふふふ、と名前がおかしそうに笑う。
対する冨岡はいつもの無表情ではあるけれど、やはり幾分拗ねたようにも見える。



「お前は噂だらけだ」
「はは、まあそれもそうか」
「こないだ俺が聞いた相手は宇髄だった」
「やだなあ、妻帯者じゃないか」
「その前は不死川」
「ああ、あったねえ」
「胡蝶もあったな」
「私はそんなにたらしに見えるのかね?」
「…」
「否定してよ」


人の噂とは儚くもまた旺盛だ。色気の大洪水である雪柱と相対すると、誰もがそれに当てられる。例えそうでなくても謎の多い雪柱と居るだけで、簡単に尾鰭背鰭の付いた噂の出来上がりだ。
それらを耳にするたび、冨岡はその胸の内にどろりとした悋気を宿すのだけれど。


「まあ、当の私は水柱様にしか興味はないよ」
「……ならいいが」


もうお喋りはいいだろう、と冨岡の手が名前に伸びる。その雪のような肌にひたりと触れて、わずかに上を向かせて唇を奪ってしまう。
俺の女だと、公言できないもやもやした気持ちをぶつけるように。


「…っ、は、義勇」
「…」
「今夜はずっと二人きりだね」
「……勿論だ」


お前が誰のものか、骨の髄まで教えるように。
普段襟巻きで隠されている白い首筋に、冨岡は夢中で吸い付いた。





秘密の色は
無色透明














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