化粧直し








ひとりぼっちだなんて、あんなに小さいのに可哀想ね。

結局お前みたいな奴はなぁ、独りが似合いってもんなのさ。

女の子でしょう。孤独は辛くないの?

可哀想に。

可哀想に。



孤独というのが可哀想なのだと云うのは、それとなく理解したつもりであった。独りきりの根無草。帰る場所などない浮き雲。家族も友人も恋人もいない。愛する者も憎しむ者もいない。それが孤独で、独りで、可哀想なのだと。
だけど理解こそすれ、それは所詮価値観の違いをまるっと無視して押し付けているだけだ。孤独即ち可哀想。しかし私は、自分が孤独であると思ったことはない。だから可哀想だとは思わないし、辛くも哀しくも苦しくも、なんとも無い。
そもそも生まれてこの方今までずっとそうであったことを、今更可哀想と哀れまれたところでどうしろと云うのか。孤独とは、私にとってそれ即ち当たり前なのだから。


だから孤独と言うものが世の衆人のいうところ、どれほど辛く可哀想なものなのかなど分からなかった。

そうしてそんなままならない人間を拾い上げ、刀を握らせ、邸に留めて寝食を与えた今世一番の変わり者こそが、わたしの師であった。



「名前!君は筋がいいな!鬼殺隊に入れ!」
「はあ…きさつたい?」
「うむ!悪鬼を滅殺する仕事だ!とてもやり甲斐があるぞ!」
「やり甲斐、ですか」


師範は私にさまざまなことを教え込んだ。鬼のことも、現代に於いて命を賭けて刀を振るう隊士のことも、そして喜びや幸せ、やり甲斐、楽しみも。



「いいか名前!たくさん食べる事は大切だ!体を作ってこその鬼殺であるからな!」
「はい。でも…」
「む?もちろん俺と同じように食えとは言わない!…がもう少し食べた方がいいぞ?」
「はい。師範」


誰かと食べる食事は美味しいことも、笑って過ごす事がどんなに楽しいことかも、全て全て師範が教えてくれた。



「師範?怪我ですか?」
「むう、かすり傷だ、心配ない!」
「でも、血が、」
「止血は済んでいるからな!」


誰かを心配したり、傷付かないで欲しいと思うことも、叶うならこの人を守りたいと密やかに願うことも。


「…随分笑えるようになったな。名前」
「師範のおかげです」
「うむ、俺は少し手助けしただけだ。その笑顔は君が自分自身で取り戻した本来の姿だ」
「そ、そうですか…?」
「ああ!とても綺麗だぞ!」
「き、?!」


思い慕うことも。もっともっとその笑顔を見ていたいと思う、浅はかな甘い感情のすべても。

私に人間らしさをいやと言うほど植え付けて、根気よく付き合って、いつも笑いかけてくれた。
それはまるで炎のように、またその人の刀のように、あかあかと眩く、また熱く時に鋭かった。


孤独さえ知らなかった、私に。


「杏寿郎、さま」
「ん?どうした名前?そう呼ぶのは珍しいな!」
「明日の任務にお供してもよろしいですか」
「むう、それは駄目だ!第一君も別任務があるだろう」
「っでも、」


何故あの晩、師範について行かなかったのか。
弟子の私を、あの日は連れて行ってくれなかったのか。
幾ら考えても詮無いことを。


「そうだな…なら名前」
「はい」
「俺が戻ったら、ひとつ我が儘を聞いてくれるか」
「わがまま」
「そうだ!聞いて欲しい話が…ある」


それは初めて見る、師範の妖しく光る美しい瞳だった。身体の芯から焦げるような感情に、私は名前を付けることが出来なかった。はじめての感情で、それは激情であった。











「煉獄杏寿郎!上弦ノ鬼ト戦イ、死亡!!!」



「………は、」


言葉の意味を理解するまで時間がかかった。そして理解した瞬間、世界が急に真っ暗くなって、音も匂いも温度もなくした。






「いいな名前。君はもう独りじゃない。孤独ではないんだ」



あなたに出会って、私は孤独というものを初めて知ったのだと思っていた。でも失って初めて、そう本当はこちらが初めてだった、杏寿郎さんが死んでしまって初めて、私は孤独というものを知ったのだ。



「師範、杏寿郎、さん、」


掠れた声で呟いた名前が宙に舞って、枯れた。






ほ わ
ん た
と し
う は
に 気
独 づ
り い
  た






化粧






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