外は雨。バスタブのお湯は熱くなくぬるくなく、静かな空間にガラス一枚隔ててざあざあと打つ雨粒の音が耳に心地好い。

「★?」

不意にドア越しに聞きなれた低い声。

「柔造、おかえり」
「ただいま、風呂入ってたんか」
「ちょっと雨に濡れちゃって」
「そか」


短い会話が途切れてまた雨の音が帰ってくる。部屋に戻ったのかな、と湯気にぼんやり霞む頭で考える。


そのとき、


カチャ、とドアが開く音に振り返る。


「柔造、」
「邪魔すんで」

いつもの優しい笑顔に、どこかいたずらっ子のような雰囲気を乗せた彼が白く統一されたバスルームに入ってきた。


「もう…」
「外、寒かったし。ふたりで入る方が、セツヤクやろ」

はいはい、と表情で返せばにこりと笑って、かけ湯をしてわたしの背中側から湯舟に浸かる柔造。後ろから回された腕にぐいと腹を引き寄せられて、肌と肌がぴったりと密着する。


「雨、やな」
「うん」


纏めた髪のせいでむき出しのうなじに、柔造の息がかかる。そっと食むように唇が触れて、ちゅ、と小さな音を残して離れていった。ぞくりと背筋を這うような感覚に、すこし身動ぎする。

「今日、どやった?お仕事」
「まあ、まあやな。新人がヘマしよって、内心焦ったわ」
「え、大丈夫やったん?」
「ああ、でもおとんに叱られてな、えらい落ち込んどったわ」
「柔造にも叱られはったんやろ、新人さん」
「当たり前や」
「柔造と八百造さんに叱られたら、そら落ち込むわ」
「はは、★も昔はよう一緒におとんに叱られたもんな」


大きな手に、じぶんの手を絡ませて。まだ小さかった頃を思い出す。
昔は柔造や金造より背が高かったし、ずっと力も強くて、所謂ガキ大将だった。危ないこともようさんしては、親がほとんど家に居なかった私は八百造さんに叱られた。「なにかあってからでは遅いんやで。女の子なんやから、身体大事にせなあかん」と耳にタコができるほど言われたのは、いまでも色濃く残っている。


「怖いもんなしやった私でも、八百造さん、ほんま怖かったもん」
「★がお転婆過ぎるからや」
「小ちゃい頃はお転婆なくらいがちょうどええんよ」
「それがこんな綺麗になるんやから、わからんよなあほんま」
「…それほめてんの?」
「もちろん」

耳に唇が降ってくる。くすぐったくて、妙な疼きに吐息が漏れる。


「そろそろおとんて呼んでくれんかなぁて、言うとったで」
「え?」
「おとんや。あんなええ子になって、ぐずぐずしよると他の男にかっさらわれるんやでって」
「八百造さんが?」
「なんや俺なんもしてないんに叱られたわ、はっきりせえ!ってな」
「あはは」

八百造さんの口調を真似る柔造に笑いながら、大きな手に重ねたじぶんの手がやけに小さく見えることにすこし驚く。
昔は私が一番だったのに、いつのまにみんな男になって。力も大きさも、なんにも敵わなくなってしまった。


「それで、★はどうやねん」
「どう、って?」
「志摩家に嫁ぐ気ィはあるん?」
「…まあ、うん」
「まあ、て」
「ちゃんとプロポーズしてくれたら、教えてあげる」
「……お前には敵わんわ」
「ふふ」


真っ白く霞むバスルーム。いつのまにか雨はあがったようだった。




ホワイトバスルーム
(けっこんしてください)


20120602











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