もしも、の話だけど。
私がもっと早く産まれてるか、あなたがもっと遅く産まれてて。
あなたが彼女に出会ってなくて、結婚もしてなくて、こどももいなくて。
違う人生を送ってて、そして出会っていて。
そうだったら、



「★?」
「え、………八百蔵さん?」
「やっぱり★か。えらい久しぶりやな」
「あ、うん…」



こんなところで、会うと思わなかった。
あなたに会わずに済むように、東京に残ったから。



「元気そうやな。髪伸びたか?」
「当たり前でしょう。何年経ったとおもってるの」
「はは、そやなあ」
「ふふ、」



会議と研修で上京したという彼はこれから食事に行くところで、仕事を終えて帰宅する途中だったわたしに誘いを断る理由はなかった。

手近なところにあった広くて全個室が売りの居酒屋に入って、ビールで乾杯する。
さほど大きくないテーブルに向かい合って座る彼を改めて見据えると、意図せずして懐かしい淡い心地に包まれる。


「そうやお前、いまどんな仕事しとんのや」
「うーん、食品メーカーの営業ってとこかな」
「ほお、そら立派なもんや」
「そんな事ないよ、今日も部長にお説教くらって」
「はは、相変わらず無茶しとんのやろ」



私は京都の出身だ。
八百蔵さんと知り合ったのは、もうずっと昔のまだ中学生だった頃。
不慮の事故に遭ったと思ったら悪魔の仕業で、私は魔障を受けてしまった。
その事故で家族を亡くし、また悪魔を見ることまでできるようになった多感な年頃の私は、当時彼に大変お世話になった。
怖い顔してくしゃっと笑う彼に恋い焦がれるようになるまで、さして時間はかからなかった。



「…八百蔵さんも、変わらないね」
「ほうか?老けたもんやろ」
「うーん、眉間のシワは昔からあるから」
「シワの一因が何言うとんのや」



高校に通いながら、バイトをしながら、時間を見つけては彼を訪ねて、出張所の人たちやお寺の手伝いをかって出た。
いつも厳しい彼が私と話すとき、ほんの少し優しい目をするのがたまらなく幸せだった。



「ご家族は元気?」
「ああ、変わりない。図体ばっかりでかくなりよるわ」
「ふふ、懐かしい」
「★は、結婚は?」
「うーん、残念ながら?」
「まだなんか?どうせ選り好みし過ぎなんやろう」
「選ぶ権利はあるもの」
「ほんま相変わらずやな」



彼が好きだった。
恩人だとか、大切な人だとか、そんな綺麗な言葉では収まらなかった。
私を見て欲しかったし、私を愛して欲しいと渇望していた。

彼に、奥さんとこどもがいると分かっていても。



「そういえば、和尚さんにもお子さんが生まれたとか」
「おお、いま6つや。えらい真面目な子ぉでな」
「へえ、将来有望」
「うちの廉造と比べたらえらい違いや」



京都にいた頃仲良くしていた祓魔師の子とは今でも仲の良い友達だ。
だから離れていても、聞かずとも情報は入る。
彼がたくさんの子どもたちと、奥さんと、仲良く幸せに暮らしていることは知っていた。


あの日、私が20歳になった日。
高卒ですぐ雇ってくれた会社から、東京へ行ってみないかと誘われて勉強のため出向することになったあの日。

わたしは彼に想いを告げた。
それが、犯してはならない禁忌と知りながら。



「好きです、八百蔵さん」
「★…」
「ごめんなさい、私、ほんまは言うたらあかんて、分かってるんです、でもっ…」
「…すまん」
「…っ」
「……なあ、」
「…はい」
「こないなこと言うのは、あかんのやろうけど」
「…」
「生まれ変わったら、そん時は、」
「…」
「…俺がお前を拐いに行ったるから」
「…っ、それは、」
「今世は、もっとちゃんと幸せにしてくれる人を、見つけなあかんで」
「…」
「来世は、俺がこの手で幸せにしたるから」
「…や、おぞ、さん…っ」
「有り難うな、★」
「…っ」
「狡い言い方やな、すまん」





苦しそうな切ない顔をして、一度だけ、私を抱き締めてくれた大きな身体。
家族と明陀を背負う、大きな背中にしがみついて泣いた。



そして私は京都を発ち、東京へ出向したまま東京に居着いた。
京都には長らく帰っていない。帰る家もないのだけど。




それなりに歳を取っても、彼には決して追い付けない。
大人になりはしたけれど、何かがあの日のまま止まっている気がしてならない。
好い人も、素敵な人も、それなりに色々出逢えたけれど。


「…ほんま、」


お酒がすこし回って、顔色が赤みを帯びた八百蔵さんが、独り言みたいにグラスに向かって呟いた。


「ほんま、綺麗になったなあ」
「…そう?」
「ああ、ガキの頃も可愛かった」
「なんやの、いきなり」


ずっと封印していた京都訛りが不意に口をつくくらいに、私の心はあの頃にタイムスリップして。


「なあ、★」
「ん、」
「幸せになり」
「…幸せやよ、いま、じゅうぶん」



そんな、切ない顔で見つめるから。




「たまには京都に帰って来ぃ」
「…そぉやね」
「蟒も、おっさまも喜ぶ」
「…ん」


八百蔵さんは?喜ぶ?


「俺かて、たまにはお前の顔見たいしな」
「……ん」


私の欲しい言葉を簡単にくれるから。


「ちょっと飲み過ぎたな。お前家近いんか?」
「うん、電車で2駅」
「ほうか、駅まで送るわ」
「有り難う、八百蔵さん」
「おん」


垂れた目尻に寄ったしわが、たまらなく愛おしかった。

あなたが私を大切に想ってくれてるのは、私の自意識過剰じゃないと、伝わるようで。


「よおし、早よええ人見つけて結婚して、京都に御礼参りに行ったるわ」
「はは、その意気や」
「イケメンでええ人見つけたるからね」
「おん。……でも、」
「ん、?」
「ちょっと妬けるわ」


呟いた言葉は、空耳みたいにすこしざわつく周囲の喧騒に紛れて消えたのに。


私の心を掴んで離さないまま、





Faded not
(色褪せない、おもい)




2018.6.13









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