「あ、れ?」
「なんや、どないした」
「坊、あの今あっち横切った女の子、あれ★ちゃんやなかったですか?」
「あ?柔造の幼馴染みやいうひとか」
「今は恋人なんですけどね。なんや、様子おかしかったような…ちょっと俺、追いかけてきますわ!」
「おい、志摩!……なんやねん、あいつ」
「はは、志摩さんは★さんにずうっと片想いしてはりましたからねえ」
「え?それほんまなんか、子猫丸」
「ほんまですよ、坊気付かへんかったんですか?」
「明陀の人間とちゃうからあんまり会うたことあれへんかったからな…」
「まあそれもそうですねえ」
「ってことは、あいつ好きな女が自分の兄貴と付き合うてるいうことか」
「そうですね」
「そらまた…気の毒やな」




いつもの三人での帰り道、前方の十字路を横切る髪の長い女の子を見留めた。はっきり顔まで確認出来なくても、すぐに分かる。彼女は俺の好きなあん人や、と。十も歳が離れているとは思えないくらい、やや童顔でいつもにこにこよく笑って、歩くのがゆっくりな★ちゃん。そんな彼女が、まるで何かから逃げるように脇目もふらずに走っていったのだ。ほぼ直感で、変やと思った。


「……っ、何処や、!」

急いで追ったが十字路を曲がっても彼女の姿は無かった。なんだかひどく不安になって、俺は拳を握り締めてスピードを上げた。



彼女とは、物心付く前から知り合いだった。柔兄と同い年のご近所さん。一人娘とお母さんの母子家庭だった。親子で明るく愛想も良く、うちのおかんともとても仲が良い。だから彼女はよく家に遊びに来たり、預けられたりした。俺のもう一人の姉貴みたいなもんや。
気付いたら★ちゃんが好きで、そしてまた★ちゃんは柔兄が好きだった。俺は初恋で当たって砕ける前に失恋したのだ。柔兄は彼女の想いに気付かず、また彼女は柔兄に想いを伝えなかった。俺にしてみればそんなに分かりやすく柔兄の前では一番かいらしいのに、鈍い兄貴やお思う。だから柔兄が彼女を作ると、そのたび★ちゃんは家に来なくなったり、少し痩せたりした。
俺は彼女とどうにかなりたい気持ちの傍らで、柔兄気付いてやれよと苛立った。そんなままで何年か経ち、半年前、ついに二人は結ばれた。★ちゃんがダメもとで告白したらしかった。



「……っは、ぁ、★ちゃん!」
「……、え?廉造?」

猛スピードで通りすぎた公園にバックして、奥の木陰のベンチに小さく収まっている彼女を見つけた。


「どないしたん?あ、今帰りかあ」

俺の荷物を見て、なんともない風に笑った。
でもずうっと彼女を見つめてきた俺には、不自然でたまらなくて。


「★ちゃん…なんかあったん?」

途端に戸惑いを色濃く映した瞳が逸れて、少し眉が下がった。


「なんも、あらへんよ」
「はあ、…嘘吐き、」

彼女の隣に座る。まだすこし鼓動が早いのは、走ってきたからか、彼女の異変に戸惑っているからか。


「……」
「……」

沈黙する俺たちの間を、少し冷たい風が通りすぎていった。ちらりと彼女をみると、どうやら唇を噛んでいるらしかった。


「……廉造、」
「うん?」
「柔造が一年くらい前まで付き合うてた女の子、知ってるやろ?」
「あー…ああ、うん」

嫌な予感は得てして当たる物だ。やっぱり柔兄が原因だった。★ちゃんが言う柔兄の元カノを思い出す。彼女よりは少し派手だったが、さっぱりした快活なひとだった。


「柔造なあ、そん人のこと、忘れられへんみたいやねん」
「…まさか、」
「私も、まさか、って思うてんけど、ね…」
「…」

彼女は、人よりずうっと詳しい柔兄の機微には敏感だ。俺が彼女に対してそうなように。


「やっぱり、私やあかんかったんかなあ」
「…そんなことありえへん」
「ありがとう廉造、でもなあ、なんかちょっと分かっててん。私のことは、今でも恋人やなくて幼馴染みと思うてるんやないかなって…」
「そんなん、おかしいやん…」


そう言う彼女は、すこし無理して笑っていた。


「★ちゃん、……どない、するん」
「うーん、なんか気づいちゃってまで恋人面できるほど図太くないし、もう、おしまい、かなあ…」
「別れるいうこと?」
「分かれへん、別れたく、ないけど、続いてもしゃあないし」
「……」
「柔造が振ってくれたら、ええねんけどね」


最後の方は声が震えていて、そうっと見たら涙が零れ始めていた。


「★ちゃん…ほんまにそれでええん?」
「……分から、ん、」


別れたくなんてない。でも、このままなんて辛すぎる。彼女の語尾は、掠れて消えた。


「………っ」
「…、廉造?」

俺は、彼女を抱き締めていた。


「そんなん、もう柔兄捨てたったらええねん…!」
「……、でけへん、よ」
「★ちゃんばっかり、そんな思いする必要ないやろ…」
「せやけど、私は柔造が、」


好き、と紡ごうとした唇を、俺はその先が聞きたくない衝動のままに自分のそれで塞いでいた。夢にまで見た柔らかい彼女の唇は、一瞬で離れていった。


「……っ、廉造!」
「すまん、★ちゃん…俺、」


今言うのは卑怯やし、望みも無いことは分かっていた。でも、柔兄のために苦しんで涙しながら、それでも好きと言う彼女を見ていたら抑えが効かなかった。


「俺、★ちゃんが好きや…」


彼女は、すごく苦しそうな顔をした。


「廉造、」
「★ちゃんが柔兄と付き合うより何年も前から、俺は★ちゃんだけがすきやった…!」
「……」
「柔兄と幸せんなってくれるんやったら、それでええと思うてた、けど、こんなん、全然違うやん、★ちゃんばっかり、こないな…」
「れん、ぞ、」
「今言うんは、おかしいかもしれんけど、俺」
「廉造!」

先を察したのか、彼女が俺の言葉を遮る。その濡れた瞳に映るのは、今は俺だけなのに、なのにこんなに悲しいなんて。


「廉造ありがとう、でも私…」
「……ええよ、言われんでも、★ちゃんのことやったら大体分かるわ」


言いにくそうに淀んだ彼女の小さな手を、そっと握った。







She held back her tears, put on a feigned smile, and hugged me softly.
(ぼくたちの幸せは、何処)




thx:@.HERTZ
20120814












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