私には、親が居ない。



「くォら!!★!!」
「ひぃっ」


けど、寂しく思ったことはほとんど無い。



「おわっ★?何しとん、って、」
「柔造!★押さえとけ!」
「ちょ、柔造どいてっ」
「お前また無茶しよったんか」
「どーいーて!」
「★!逃がさへんで!」
「いやーーー!」













かこーん。

素晴らしい庭園に、鹿威しの音が響く。
さっきまでの喧騒がうそみたいだ。


……みたいなだけだけど。


「ええか★!お前は何べん言うたらわかんねん、死んだら終いやねんぞ!」
「はい…」


正座するわたしの前にどっかり座り、目くじらたててというかもう般若みたいな顔で怒っているのは、志摩八百造さんといってここ京都出張所の所長さんだ。それでいて、志摩家という僧正血統の大黒柱である。

そして、わたしの父親代わりのひとりだ。


あの青い夜より何年か前。わたしは幼くして両親を亡くした。不慮の事故だった。明陀のなかでも特に資産家だった両親のおかげで、お金には困らず済んだが、なにしろ身寄りがない。親戚は皆遠く会ったこともない。お葬式で、わたしをどうするか目の前で揉められては子供心に寂しさにうちひしがれた。
そんなとき、次期座主であった勝呂達磨さまが見かねたようにわたしをかばってくださった。「こん子は寺におくから、心配せんでください」と。そうしてわたしは達磨さまの奥方のご実家である虎屋に住み込み、お手伝いをしながら育ててもらった。

そのなかで、一番わたしを叱ってくれたのが八百造さんだ。

柔造と同い年のわたしはしょっちゅう柔造と喧嘩したり悪さもしては、八百造さんに容赦無いげんこつを頂いた。

いちばん叱られたのは…ああ、そう、近所の悪がきと張り合って降魔堂の裏の百年杉に登って、降りられんくなったときや。半べその柔造が八百造さんを呼んできてくれて、やっと降りられて泣きたくなったらげんこつ飛んできたっけ。
「女の子がこないなとこのぼったらあかん!身体大事にせなあかんのや!」って眉間に深〜いシワを作って。
当時柔造も差し置いてガキ大将だったわたしは、泣くもんかと唇噛み締めて我慢したっけ。ずーっとめそめそ泣いていた柔造を思い出す。



と、話がずれてきたけど、八百造さんはわたしを本当のわが子のように叱り、また教えてくれた。

おかげでわたしは無事祓魔師になることができ、成人できたのだ。

そう、だからこれからはわたしが大切な明陀を守るのだ。


「明陀の前に自分の命を守らんかい!」
「うえ、口に出てました?」
「お前はひとが話しよるのにぼけっとしよってほんま…!」
「ひっ、ご、ご免なさいっ」


こうして今も八百造さんに叱られている。


「お前、部下を庇って悪魔の前に飛び出したらしいなあ?丸腰で」
「あ、それはあの、あれですわ、ちょっと気ィ逸らしといたらとりあえずあいつは逃げられるし、丸腰やったんわ、その、弾切れたから補給せなと思うて下がった時やったから、」
「言い訳になってへんわ!部下を庇ってお前が死んだらどないするんや!」
「いや、でもみすみす部下を目の前で死なせるよりは…」
「こんド阿呆!!!」


ゴッッ

「痛っ…〜〜!」
「隊長が死んだら祓魔二番隊はどないすんのや!無責任にもほどがあるやろ!」



相変わらず容赦無いげんこつが、鈍い音をたてて私の頭に降ってきて。
悪魔にやられるよりずうっと痛いで、これ。



「ええか★。お前は二番隊の支柱や。お前が倒れたら、他のもんがみんな命を落としかねん。わかるやろ。隊員の命は勿論大切や。せやけど、せやからというて、自分の命を簡単に投げ出すような真似はしたらあかん。」
「はい…」
「明陀に、命まで捧げる必要はお前には無いんや。俺も、和尚も、皆も、お前には幸せになってほしい。ええ男を見付けて、お前だけの幸せを掴んでほしいと思うてる」
「そんな、私の幸せは明陀に恩を返すことや…」
「そないな顔すな。お前は充分やってくれとるわ。せやから、もっと自分を大事にせえちゅうこっちゃ」
「…」
「お前はうちのバカ倅共とは違うんや。ご両親かて、お前には幸せになってほしいと思うてる」
「だから、私の幸せは明陀の、騎士団の、力になることやから、」
「話は終いや。★、とにかく、自分を大切にせなあかん。」
「……はい」





二番隊の職務室。熱い番茶を淹れてちみちみすする。

「はああ…」

わかっている。八百造さんは、本当にわたしのことを心配してくれていて、思ってくれているからこそあんな風に言うんだ。
僧位もさして高くないわが家。祓魔師としての素質もまったく未知で、手騎士としては才能がなかった。だから人より何倍も努力して、今は二番隊の隊長になった。
女だし、いい歳だ。同級生はちらほら結婚したり、こどもを産んだりしている。それなのにわたしは今、恋人のひとりも作らんと、毎日体を張っている。
そんなわたしを心配してくれているんだ。ありがたい。わかってる。


「せやけどやっぱ、私は明陀の為に頑張りたいんやけどなあ…」


ひとりごちた、はずが。


「まあそう言いなや」
「……気配消さんといて」


背後から現れたのは、今はすっかり長身で、泣き虫でもなくなった柔造。


「所長も、和尚も、★には早う落ち着いて欲しいんやろ」
「わかってるけど…結婚が女の幸せやないやろ」
「そらそうかもしれんけど、なんつうか、お前はいつもひとりで頑張りすぎんねや。せやから、安心してお前を預けられる男が居ったらええなとか、そういう意味で結婚してほしいと思うてるんやで」
「そんなん…まだ早いやろ」
「早ないわ。もう25やろ」
「考えられへん」


かこーん、また、鹿威しが音をたてたのが聞こえた。結婚とか興味ないねんけど、私がおかしいんやろうか?



「なあ、柔造」
「ん?」
「私に結婚なんかできるとおもう?」
「せやなあ、お前は虎屋で培った家事能力もあるし、廉造たちの世話もしよったから育児能力もあるし、胆据わっとるし、嫁にするんやったら最高やと思うけどなあ」
「…なんなん、それ。買い被り過ぎやわ」
「まあ、お前の気持ち次第やっちゅうことや」
「訳分かれへん」


珍しく優しい目で見つめる柔造に、すこしだけ顔が熱くなる。つい、と明後日のほうを向けば、柔造が立ち上がる気配がした。


「なんやったら、」


大きな手のひらが、ぽんと頭に乗った。


「俺がもろうてもええねんで、★やったら大歓迎や」
「な、っ!」


からかいなや!と吠える前に、柔造が額に口づけて。あっさりフリーズして真っ赤になった私は、それから一年後もっと真っ赤になった顔で、柔造から綺麗な指輪を受けとることになるとはまだしらない。






どうかあの子に幸せを



「和尚!★を俺に下さい!」
「なんや柔造、やあっと腹決めたんか」
「俺かて男です。幸せにしますさかい」
「泣かせたらあかんで。大切な娘や」
「勿論です。任して下さい」
「ほな、頼むで、柔造」



20120714











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