敬愛する船長の下に集まった、ハートの海賊団。海賊船としては珍しい潜水艦の中には、むさ苦しい男どもがひしめき合って空気が不味い。というか臭い。そんな中、一輪の花みたいに爽やかで可憐な小さな彼女は、俺、いや俺たちにとってものすごく大きな存在だ。
「シャチぃ、なーに真面目な顔してんの?」
「なっ、悪いかよ真面目な顔してちゃ!」
ニィーッと弧を描く口元は、何処ぞの俺様船長に似てなくもない。
乗船歴が俺やペンギンに次いで長い★は、若くしてもう立派な古株だ。
「シャチが考え事なんて、珍しいじゃない」
「うるせェなあ、それよこせ!」
「いやよ。欲しかったら奪ってみたら?海賊さん」
「言ったなこんにゃろ!」
食堂のテーブル。考え事に浸る俺の目の前で、彼女は手元のチョコレートケーキの大きなかけらを一息に口にした。
あーあ、口いっぱいに含みやがって、端っこにチョコレートケーキついてやがる。
彼女はこの船の戦闘員で、狙撃の腕に関しては船内で1、2を争う腕前だ。逞しい女海賊。なのに彼女はいつまでたってもどこか抜けていて、飾らなくて、欲もない。大人なのに少女みたいに可愛らしいし、かと思えば航海や戦闘となると恐ろしく頭が切れる。不思議な奴だが、いつも明るくからから笑うその性格は、ジメジメした潜水艦の中では太陽に等しいのだ。
「口んとこ、付いてるぞ」
「え?」
「違ェよ、こーこ」
「ん、?」
グッと腕を伸ばして、彼女の口元のチョコレートケーキを指でグイと拭う。わずかに触れた唇が柔らかくてどきりした。ぺろりと舐めた指はひどく甘かった。
「ありがと、シャチ」
「……おう」
男だらけの海賊船に居るんだ、今更こんなことじゃ彼女はちっとも意識しないということか。
煩く主張する心臓を抑えようと目を逸らす、と、向こうのテーブルで海図を広げていたペンギンとカチリと目が合った。
…なんだあいつ、見てやがったな。
ペンギンは、彼女が虜にしている数多くのクルーのひとり。真面目で寡黙でストイックなんて言ったら聞こえがいいけど、要はムッツリだ。★がこないだ怪我をした時、彼女に庇われるようなミスをしたクルーを徹底的に絞っていたのを俺は知っている。
まあ俺だって、★の白い肌に傷をつけるのはどんな奴だろうと許さねえけど。
「おい★」
「あっ船長!」
「なんだシャチも居たのか。丁度いい」
「どうかしました?」
食堂に顔を出すなり彼女を呼びつける船長。
女なんて消耗品なはずのあの人も、今や★の虜だ。すげえわかりにくいけど、彼女には優しい。一目惚れとかそういう恋愛と違って、長い時間をかけて彼女という人間を知りながら恋してくっていうか、なんつーか、気付いたら恐ろしく大切なひとになってた、みたいな?
船長も人の子だったんだなって、ペンギンに言ったら笑うかと思ったらなんか苦々しい顔をしてた。まあ、あの人が恋敵じゃ叶うもんも叶わねえもんな。
「★、俺の部屋の書棚を片付けろ」
「ええ、またですかあ?」
「シャチ、テメェは書庫に俺の本を運べ」
「うぃっす」
ほら、船長特権。
いつも船長室の片付けをさせられるのは★だ。船長の書棚には、この船じゃ触らせてすらもらえないクルーの方が断然多い。
すぐにやれと言い残して、船長は去って行った。
「またか…もう船長仕方ないな…」
「研究し出すと片付けどころじゃねぇもんなあの人」
「それにしてもあんなに散らかすことないのに…行こっか、シャチ」
「おう、行くか」
ちょっと眉を下げて笑った彼女にどきんと心臓が跳ねたけど、苦笑を返して堪えた。
いつまでもこんな関係じゃいられない。俺だけじゃない、ペンギンも、船長も、きっとそう思ってる。
でも、今は。
「あ、そうだシャチ」
「ん?」
「船長室まで競争!どん!」
「ちょ、コラよーいはどこいった!」
「負けたら明日一日犬ね!」
「待てコラー!!」
隣に居させて
(きみがすき)
20130215