片想いなんて、柄じゃないとばかり思ってた。この自由な海をゆく職業柄、惚れた腫れたの女性関係は何より面倒な足枷になる。どの道毎日生きるか死ぬか、殺るか殺られるかの死線に立つ以上、恋だとか愛だとかそんな女々しいもんに現を抜かす暇はねぇってもんだろう。

なのに。

「ペンギン!」
「…どうした?★」
「手合わせ願います!」
「またか?まあ、いいけど」
「やったー!ありがと!甲板で待ってる!」
「ああ、すぐ行く」

誰の真似やらビシッと敬礼を決めた彼女は、俺の答えにふわりと破顔した。釣られて口元が緩む。

彼女は★。このレモンイエローの潜水艦の紅一点だ。









「……はぁっ、はぁっ」
「今日はここまでにしとくか」
「え?もう?…っは、」
「また明日、な」
「ん、ありがと、ペンギン!」

額に浮かぶ汗がきらきらと光って、そのひとつぶまで愛しい。彼女はこの船の紅一点。つまり、手出し禁止は暗黙の了解だ。
船長や誰かクルーの女でも、まして慰み者でもない、彼女はうちの立派な戦闘員なのだ。先月の敵襲で彼女はクルーを庇い肩に毒をくらった。リハビリがてらの手合わせは、だいぶ調子が戻ってきたようだ。元々狙撃が専門だったこともあり接近戦に弱いと思い知ることになった彼女は、新しくカトラスを練習している。


「やっぱり接近戦は、度胸がいるね」
「狙撃だって同じだろ」
「いやーやっぱりむつかしい!でも、やりがいはある!」
「はは、その意気だ」
「体力、つけなきゃなあ」
「そうだな。遠泳でもするか?」
「うん、ペンギンが一緒なら」

なんてことない軽口なのに、俺の心臓はどきりと跳ねる。
もうこどもじゃない。言葉のあやとか、冗談とか、社交辞令とか、わかっているはずなのに、彼女の前では初恋に溺れるガキみたいだ。


天気のいい、穏やかな海。
爽やかな潮風が、彼女のひとつにまとめた髪を踊らせた。
潮の香りの中ほんの僅かに、男とは違うシャンプーのような香りがした気がして、思わず深呼吸をした。



「★」

そんなとき、降って湧いた低い声。
彼女のまん丸い瞳がくるりと俺を視界から外す。


「船長!」
「肩の調子はどうだ」
「はい、もう全然違和感ないです!」
「そうか。だが念の為、もう2週間は無理をするなよ」
「はい」
「うちの大事な戦闘員の肩が使いもんにならなきゃ、迷惑被るのは俺なんでな」
「はい、船長」

……手を出してはいけないのは、暗黙の了解。

だけど、船長が彼女を見る目は、他のクルーを見る目より、ずっとずっと優しい。


「じゃあ私、着替えてきます」
「おう、お疲れさん」

律儀に俺に断って、船長に目礼して船内に駆けて行くちいさな背中。


「……可愛いな」
「、っえ?」

途端に発せられたおおよそ船長の物とは思えない言葉に、目を身開けば。ニヤリといつもの意地悪そうな笑顔と目が合った。

「シャチとバンが言ってた。お前もそう思うか」
「…ああ、まあ、そう、ですね」
「あいつはこの船の重要戦力だ」
「そうですね」
「★に手出しは認めねェ」
「…」

いつもの意地悪そうな笑顔は、殺気を宿した本気の目になっていた。
…その目が戦闘員を失いたくないだけの理由だなんて、長年航海を共にしてきた俺には到底思えない。

「船長は、思いますか」
「あ?」
「あいつが、★が可愛いって」
「…そうだなァ」
「…」
「お前らなんかに渡してやる気はさらさらねェくらいには、思ってるよ」

にや、と口角をあげたその顔に、俺は本気を見て取ることになる。


片想いなんて、柄にもないと思ってた。いつ死んでもおかしくないのがこの海で海賊をやるということだ。
それでも彼女に溺れちまうのは、欲しいもんは意地でも欲しい海賊男の性か、ガキ臭ぇ独占欲か、はたまた甘酸っぱい恋心か。






彼女はぼくらの紅一点
((あいつらにだけは、渡せねェ))



20130211









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