ああ、まただ。


「あれ、おかえりキャプテン」
「ああ」


朝のダイニング。海賊船に爽やかなんて言ったらあれだけど、それでもわたしとペンギンとベポしかいない朝のダイニングは爽やかな空気に包まれていたのに。蒸し暑くて寝苦しかった昨日の夜をそのままその隈から薫らせるみたいに、湿気を含んだ嫌な空気を連れた船長がふらりと現れた。
今日でこの島に停泊して3日になる。昨夜ローは船に戻らなかった。つまり朝帰り。


「…おかえりなさい。コーヒーですか?」
「…ああ、部屋に持って来い」
「はい」

恋人の朝帰りに眉間に力を入れるのを隠さないわたしをちらりと見たペンギンが、ローから用件を聞き出す。
ほとんど眠れなかった昨夜のもやもやや苛々を一掃すべく朝から丁寧に淹れたミルクティーは、もう味がしなかった。


「おい、★」
「…はい」
「恋人が戻ったのに、一言もナシか?」
「……オカエリナサイ、キャプテン」
「…」

ぐっと空気が重くなる。ローが機嫌を損ねたからだ。


「コーヒー」
「…」
「お前が持って来い。必ずだ」
「え」

バタンとドアが閉まった。


「……★、あからさまだぞ」
「えーそうかなあ」

はあ、と溜め息をつきながら、ペンギンがコック不在の厨房へ向かい湯を沸かす。


「朝帰りしておいて、あの態度はどうなのよ?仮にも恋人でしょ」
「まあ…キャプテンも大人気ないが…それは今に始まったことじゃないだろ」
「やだよ。ここ通ったとき、香水の匂いしたもん。あんな趣味悪い匂い、あたし嫌い」
「まあ…シャワーくらいは浴びて来た方が…いいだろうが…」


口ごもるペンギン。

ローが入ってきたときから、ベポがすこし鼻を掻いていた。
香水なんて付けない彼から香った甘ったるいだけの品の無い匂い。残り香にしては強いそれは、匂いの元といかに長く共に過ごしたのかを如実に物語っていて。


あたしだけ見て、あたし以外の女に触らないで、なんて言えるほど私は若くもないし、海賊の恋人になるということを知らないわけでもない。娼館に行くのを止めはしないけど、いい気は勿論しないのだ。

そこにあの態度。頭にくるにきまってる。


「★」
「うん?」
「…俺を睨むな。コーヒー出来たぞ」
「……行きたくない」
「そう言うな。ほら」

ペンギンが差し出したのはコーヒーが湯気をたてるマグと、ビビッドピンクの小さな包み紙。

「チョコレート。お駄賃な」
「…」


我ながら子どもだと思うけど。

でもチョコレートは大好物だし。ペンギンもそれを知ってのことだし。
口の中でチョコレートが甘くとろけてしまった頃、丁度船長室の前に辿り着いたのだった。



ガチャリ、いつもよりすこし重いドアを開ける。


「…コーヒー、持ってきたよ」
「ああ」


あ、メガネ。

読書の時、ローは時々メガネをかける。わたしがそれを好きだと知りながら、チラリとこっちを見てまた手元の本に目を落とす。


「…置いてく」
「ああ」


なんか、むなしいな。

こんなローは珍しくない。というかいつもこうだ。引っ付くのも、ドライなのも、彼の気分次第。船に居ればいつも一緒なわけだし、なんだかんだ一日顔を合わせなくてもベッドはふたりでひとつ。だからべつに寂しくないし、いつもいちゃいちゃしてるのは私だって性に合わない。

だけどさ、朝帰りして恋人が傷付いてるのにその態度は、さすがにないんじゃない?ご丁寧にフォローされるのも嫌だけど、そんな扱いな私って何なんだろう。恋人っていっても4年も毎日一緒にいたらさ、やっぱ家族みたいなものなのかな。家族ならまだいいけど、良くない意味で空気みたいな存在とかだったら。

やだ。


「……★?」
「…」
「何突っ立ってんだ」
「…やだ」
「あ?」
「ロー、私、やだよ」
「…なにが」
「ローが、知らない女の匂いプンプンさせて朝帰りすること」
「…へェ」
「…」


勢いに任せて言ってしまった。
呆れられる、と思ったら目頭がかっと熱くなった。


「★」
「…なに」
「悪かった」
「……え?」

今、悪かったって、言った?ローが?

「……ロー、」
「言っとくが熱はねェ」
「じゃあ酔って」
「ねェよ馬鹿。悪かったな、お前を焦らしてみたかったんだよ」
「……は?」
「★お前、寂しいとか言わねェだろ。俺がいなくても飄々としてるしな。そんなお前が嫉妬するのか試したまでだ」
「た、試したって…」
「価値はあったな。泣きそうな顔、良かったぜ?」
「……馬鹿じゃないの」


ニヤリと笑ったローが、メガネを外して文机に置く。視線は、私を捉えたままで。


「心配すんなよ。お前以外の女じゃ物足りねェ」
「喜んで、いいのそれ」
「当たり前だろ。愛した男が自分に夢中なんだからよ」
「……そう」


カツ、とローのブーツが床を鳴らした。
気付けば私はローの腕の中。


「……くさい」
「クク…わざわざ女物の香水振ってきた甲斐があったな」
「わざとなの?」
「当たり前だろ」
「馬鹿みたい」
「言っただろ。お前に夢中だからだよ」
「…」
「つーわけで、臭ェからシャワーいくぞ」
「いってらっしゃい」
「…お前もだ」
「は?やだ、」
「センチョウメイレイだ」
「…」


顎を捕らえられて重なった唇が思ったよりずっと熱くて、なんだか悔しいのにまた目頭が熱くなった。



ふたりはコイビト



「…甘ェ」
「ペンギンにチョコもらった」
「ふーん…俺のいない間にあいつとよろしくやってたと」
「なにその嫌な言い方」
「別に」
「別に、何よ」
「うるせェな」
「…っ、あ、っ」



20130411









TOP



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -