虫の鳴く声が聞こえはじめた。先ほどまで降っていた雨は重い雲と一緒にどこかへ消えていて、今はまあ、晴れている。でも暗い空なのは夜だから。それでも雨の面影は確かに空気に残っていて、吹いてくる風はどこか冷たかった。


「夏の匂いがするー」


息を思いっきり吸い込みながらそう言った。控えめに空に浮かぶ月は細長くて、先っちょ触ったら痛そうだとか阿呆な事を思った。


「もう夏が来るんだねえ」


私の少し後ろを歩く彼に振り返り目を合わす。口を開くわけでもなく(まあ見えないんだけど)、こくりと之芭が頷くのを確認した。
あ、今私振り返らなかったら返事ぐらいしてくれたかも、失敗した。


「お祭り行こうね」


人混みはちょっと、とそう聞こえた気がする。そんな事を言いたげな顔をされた。見なかったことにした。


「海行こうね」


新しい水着買うんだ、と付け足したらチャックを閉められた。このむっつりめ!誰も私の水着とは言ってないでしょう。…さて誰のでしょう。


「花火やろうね」


浦原商店の前で皆でやったらきっと楽しいだろうなあ。


「でもね、全部その前にやらなきゃいけないことがあるんだよ」


顔は一部も見えないけれど、頭の上にハテナが浮かんだのが見えた気がする。その顔に近付いていってチャックをあけてやる。目が合えば之芭の顔がほんのり赤らんだ。でもここで終わってやらない。
マスクとフードを一気に剥がして、慌てて押さえようとする之芭の手をがっしり捕まえてにこりと微笑んでやった。





***
そのかっこうどうにかして!
(も、もんだいない)(あんたがなくてもわたしはある)